2017年3月31日金曜日

増田光個展③

――増田さんはいつから熊をモチーフにして
作品作りをされているんですか?


自分が陶芸家としてやっていくにあたって、
どんなものを作りたいかを考えたときに、
ファーファが目の前にいたんですね。


――ファーファですか?


はい。
ファーファって洗剤のCMに出てくる熊のぬいぐるみなんですけど。
私、その熊のぬいぐるみを大学生のときに雑貨屋で見つけて。
それが中国製の恐らく不正規に作られたパチもので、
鼻が横を向いて、口は曲がっていて、
なんともひどい顔をしたぬいぐるみだったんですね。


私はそのころファーファのぬいぐるみを見つけたら買いたいなー
と思っていたんですけど、
そのときはあまりにもひどかったので「他の探そう」と思って
買わなかったんです。
だけど次の日になってもあの変な顔が気になっちゃって、
けっきょく後日買いに行きました。






















私はその不細工なぬいぐるみをいつも学校に持ち歩いて、
周りの子たちに「ファーファだよ~」なんていって喋りかけていたんですね。
もちろんいま思えば引かれることだと思うんですけど、
大学にはいろんな人がいたからみんな許容力があったので
流してくれていました(笑)。


そのあと常滑にきて修行をはじめるんですけど、
一緒に修行していた子に「ファーファだよ~」とやって見せたら、
その人が目をぎょっとさせたまま顔が固まってしまったんですね。
「あれ、これは、ドン引きされたのか?」
と思って、それからファーファで人に喋りかけるのをやめて、
自分で愛でるだけにしました。


話しが逸れましたけど、
悩んでいたときに目の前にいたファーファを見て、
私はやっぱりこの熊が好きなんだ、と。
こんなに好きだったらこれをモチーフにしてやってみようと思ったんです。


――陶芸家としてスタートをしてからどんな苦労がありましたか?


熊を作りはじめるまではカッコつけたものとかも作っていました。
幾何学模様を描いてみたり。


陶芸家としてやっていくためには、
まずは世の中の人に認知されなければいけないですよね。
その当時いちばんの近道はコンペに出して賞を取ることだったんです。
そういう賞を狙うにはやっぱりテクニカルな部分を見られるんです。


茶碗に彫って立体感を作ったり、
その立体感に合わせて模様を付けるということもしてみました。
だけどそれが、楽しいというよりは苦しくて、
「辛いなー」と思ったんですね。


22歳のときだったんですけど、
――師匠がそのころ60歳で――
自分が60歳になっても仕事が続けられるようにしないとな、
つまらないものを作っててもやめたくなっちゃうだろうな、と。
だったら評価されなくても自分が良いと思うものを作っていこうと思いました。


――陶芸家の仕事の中でやりがいって何ですか?


形を作っているときですね。
コップとかお皿。
たとえば熊の形を作るには紐状にした粘土を使って、
積み上げていきます。
想像通りにいくと「私、神様になったみたい。何でも作れる!」
という気分になって楽しいです(笑)


――自分の中で流行廃りってあるんですか?


熊の仏像ばかりを作っていたときがあるんです。
「何で仏像が熊なんだ?」と問い詰めなければ、
「かわいい!」といって手にとってくれる人もいるんです。
だけどアートの世界に置いてみたとき、
コンセプトとしては認められないですよね。
浅はかだな、と自分で思っちゃったんです。


そう思ったら自分で作っている意味もわからなくなっちゃって、
それで最近は何もしていない熊を作っています。
最近は稚拙な感じにするのがブームでした。
熊の顔のコップとか。
お皿ばっかり作りたくなるときもありますね。
















つづく。

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