2014年11月6日木曜日

魚屋の銭食い犬

「犬がおると領収書持ってこれんだわ」
魚屋の奥さんが言いました。
西幡豆の軽トラでやってくる魚屋さんで魚を買うときにいつも困るのが、
領収書をなかなかもらえないことです。

魚屋さんはだいたい夫婦でやってきます。
共に六〇代中盤です。
商売相手の多くは近所のおじいさんおばあさんばかりで、
領収書を求めてくるような客はほとんどいません。

だからぼくは毎度「領収書もらえますか?」と言うのが、
自分がめんどくさい客のように思えて気が引けます。
しかもだいたい領収書を持っていないので
「ごめんだよ、次は持っとくでね!」
とおばあさんに言われます。

「昨日は持ってきとったけど今日は置いてきちゃったわー!」
と言われたことは何度もあります。
だいたい四、五回くださいと言って一回もらえるぐらいの割合いです。

で、ぼくが魚屋さんに通いはじめてしばらく経ちますけど、
こないだご主人が手術のためだといって入院してしまいました。
入院中、奥さんが一人で来て仕事をしているんですけど、
一ヶ月ぐらいの間領収書がもらえませんでした。

そのときに奥さんが言ったセリフがこうでした。
「犬がおると領収書持ってこれんだわ」
え、犬?
犬と領収書の組み合わせが頭の中でつながらず一瞬言葉を失いました。
それまで犬が軽トラの助手席にいることに気付きませんでしたけど、
助手席を見るとおとなしく犬が座っています。
けっこう大きな犬で、バーニーズ・マウンテンドッグだと教えてくれました。
雌で三〇キロあるそうです。

「ほら、あたしの手が魚臭いでしょ。
食べ物と間違えて紙を食べちゃうだよ。
領収書も食べちゃってビリビリにされちゃうだわ」
奥さんは続けて言いました。
「お札だってね、なんべん切れ端を銀行に持ってったか分からんよ」

領収書を食べられるうえに、お金も食べてしまうそうです。
魚屋さんはお金をプラスチックのタッパに入れて持ってきているので、
うっかりその蓋を外したまま車の中に置いておくと、
魚の匂いが染みたお札を食べてしまうそうです。

そのたびに奥さんは犬の口からお札を引っ張り出して、
ヨダレまみれの切れ端を銀行に持って行くのだと言いました。
幡豆の銀行員がその犬のヨダレで濡れてビリビリになったお札を
どうやって受け取っているのか気になります。
ちゃんと理由を聞くんですかね?

奥さんの話しはまだ終わっていませんでした。
奥さんはてきぱきとした動きで、
魚をビニール袋に詰めてお客さんに渡しながら、
ぼくが質問をする間もなく続けました。
「まーほんとに銭食い犬で困っちゃうわ。
ハンドルの修理にもなんべん行ったか分からん」

え、ハンドル?
とだけ言って、ぼくはまた言葉に詰まりました。
犬とハンドルの修理?

「ハンドルを食べちゃうだわ。
ハンドルに匂いが移るでしょ、
よくビリビリにされてね。
最近は歳くってきたで歯も弱くなってきたで、
そういうことも無くなってきたけど。
はいアジね、800円!」

とぼくは買った魚を渡されて1000円札で払うと、
奥さんはプラスチックのタッパにお札を入れておつりをくれました。
このお札が食べられてないといいですけど。

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