2014年9月3日水曜日

ブログに取り憑かれた男

「彼女の体からはシャワーと共に流されてしまった何かがあった」

閉店間近にK氏がそうつぶやいた。
夜の九時前、外は雨がしとしと降っていました。
K氏はダークラムのレモンハートをロックで飲み、
僕は皿を洗っていました。

K氏はデリヘル嬢について語りはじめました。
「終わりまで行く必要があった」とK氏。
どんな物語にもエンディングがあるように、
自分の行いにピリオドを打つ必要があった。

K氏が岡崎市のデリヘル店〔ラブ&ジョイ〕の
Aちゃんのブログを読みはじめたのは半年ほど前からでした。
彼女のブログは読者ランキングの上位に入っていて見つけたそうです。
デリヘル嬢の生活への興味心から読みはじめたのだけど、
投稿を読むにつれて益々彼女のことが気になっていき、
とうとう毎日読むのが習慣になってしまったと言うのです。

——何がそんなに魅力的だったんですか?
官能小説みたいに欲情するとか?

「そうじゃない、ぜんぜん違う!」K氏にちょっと力が入りました。
「そういう性的な興奮とかじゃないんだ。
彼女の人柄というのか性格というのか、
文章に自己分析もある、お客さんへの気遣いも伝わってくる。
とにかく純粋に仕事に向かい合ってるんだ。
何でこんな素直な子が風俗嬢をやっているんだ?とおれは疑問に思ったよ。
蔑んでいるわけじゃなく、普通に疑問に思ったんだ。
どうしてこんなに仕事に献身的なんだろう、ってね。
Aちゃんのブログからは意欲が伝わってくるんだ」

——すごいですね、デリヘル嬢の日常のブログから
そこまで感じとることができるのが。

「ブログを読んでると『がんばれ、Aちゃん』って応援したくなるんだ。
それで半年間欠かさず、おれは彼女のブログを読み続けたよ」

——欲情はしないけど応援をしたくなる、
AKBのファンみたいですね。
その間彼女を指名しようという気持ちにはならなかったんですか?

「それが一度も思わなかったんだ」
そう言ってK氏はレモンハートを飲み干した。
話題はともかく、仕種だけはキマっています。

その日僕は店を閉めて帰宅してからも、
そこまで男に好印象を与えるデリヘル嬢Aちゃんのことが気になって
仕方がありませんでした。
僕はすぐK氏から教わった通り、
パソコンから風俗情報サイトのヘブンネットを開き、
Aちゃんのブログを検索してみました。

すぐに見つかりました。
名前で検索するとトップに出て来ました。
22歳のAちゃん。
人気デリヘル嬢です。
一番最近の更新は、今僕がこのブログを書いているのが一日の午後五時ですけど、
つい二時間前に「おはよーございます★」という
お目覚め投稿があったばかりです。
彼女はこれから出勤のようです。

プロフィールを見るとあられもない下着姿の彼女がにっこり微笑み、
色んなポーズの写真が並んでいます。
出勤時間が16時から3時と書いてあり、
スリーサイズや得意技などが表記されている。

早速僕は彼女の過去の投稿記事を読みはじめました。
スクロールしていくと驚くのがそのマメさです。
毎日欠かさず十数件もの投稿があります。
その内容は過激かつかわいくそして謙虚です。
僕も読んでいてついつい気付かぬうちに数十分過ぎていて、
いつのまにか彼女に好印象を持っていました。
例えば彼女の投稿はこういう感じです。

「A今から帰宅しまーす♥
送迎なう♥
今日ははじめてさんに出会えてとってもハッピー♥」

初めてのお客さんのことをはじめてさんと言うそうです。
忙しい日はこんな喜びのコメントが一日に数件あったりする。
常連さんへの感謝のコメントもぬかりがなければ、
たまに来るお客さんへも感謝の気持ちを綴られている。

「いつぶり?ってぐらいの久しぶり具合だったね笑。
Kシティーホテル久しぶり過ぎてびっくりw
今日はAがせめまくった♥
お昼からフットサルってゆってたけど
まだ起きてるかなー?♥笑
早く寝ないと昼暑くて倒れちゃうよ?笑
大丈夫?m(__)m笑
ありがとうございました」

と、このタイムリーな(きっとホテルから出てすぐ)
気遣いと感謝の念をちゃんと言葉にするAちゃんの気の回しように
思わずぐっときます。

さらにブログを読みすすめると、
休日にも関わらずAちゃんは自分の宣伝に余念が無く、
セクシーな自分撮りをして写真をアップしている。

そしてだめ押しは、休日に家族とプールにお出かけをして、
“ちびっこ”二人と母親とはしゃいでいる様子が
アップされている。
どうやらAちゃんには子供がいるようです。

この仕事への献身と無邪気な私生活のバランス。
きっとK氏はこれに胸を突かれて半年もブログを追ってしまったのでしょう。
K氏は「終わりまで行く必要があった」と言いました。

——終わりって、やっぱり電話することにしたんですね?

K氏はこくりと頷いた。
「ここまで来て会わずにいたら、
今まで積み重ねてきた感情とか思いが全て無駄になってしまうと思ったんだ。
もしここで会わなかったら
いつか思い返したときに必ず後悔するぞ、とね。
安城のスターライトホテルでおれは彼女を待っていた。
部屋で待っていても性的な興奮はまるで湧いてこなかった。
もちろんドキドキはしたさ、
それにこっちだけが一方的に相手を想像していてることに変な気持ちもあった。
部屋のベルリングが鳴って、
扉を開けた。

“……そりゃそうだよな”

彼女を見た瞬間おれの中にあった謎がすべて解けた気がした。
“そりゃそうだよな”
一目見た瞬間そう頭に浮かんだよ。
何がっていうと難しいけど、
彼女がただの純粋無垢な相手だなんて思ってなかった。
思ってなかったのに、そう思わせるものがあった。
おれはイメージで勝手に妄想を膨らませていた。
だから生身の彼女に会って確認する必要があった。
彼女と会話をはじめて、
酸いも甘いも通り越したスれた言葉使いから
その並大抵ではない経験がひしひしと感じられた。
朝昼晩と何度浴びた分からないシャワーの回数、
Aちゃんのカサついた肌がそれを物語っていた。
だけどそれは表面的なことで、
もっと深いところで、
彼女の体からはシャワーと共に流されてしまった何かがあった。
おれはそう感じたね」

——何か、って何なんですかね?
本当の自分とか?

「ちがう、いや、そう、うーん。
一言では言えない、複雑な感覚だな」

——それでその後は、Aちゃんに仕事をしてもらったんですよね?

「……」

——ねえ、Kさん?

「……」

サーーー(しとしと降る雨の音)。

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