2014年7月8日火曜日

サムの浜名湖地層調査

先日、地層調査に行ってきました。

ドイツ人のレアと同じ時期にイギリスからサムという、
二十歳の大学生が来ていました(先週帰国)。
彼はイギリスではビーチリゾート地として知られるブライトンという街の
サセックス大学に通っています。

そこでサムは地理学を勉強していて、
彼が卒業論文の題材にしたいと考えたことが
浜名湖の地層調査でした。

——なぜ日本?なぜ浜名湖?僕は聞きました。

サムは大学から日本語のクラスを取りはじめて日本に興味が沸き、
どうせなら日本と地理学が両方関係する題材にしたいと思ったそうです。
1498年におきた明応地震のときに浜名湖は
それまで淡水だけだったところに海水が入り交じった歴史がある。
その前後の年代を地層から検証するために、
土を採取してイギリスに持って帰りたいとサムは言いました。

サムは僕よりも浜名湖に詳しかったです。
僕がサムに教えてあげれたことは
「うなぎパイっていう有名なお菓子があるよ」
ということぐらいでした。
浜松といえば[浜名湖サービスエリア]にしか行ったこともありません。
明応地震があった歴史すら知りませんでした。

——それにしても、どうやって五百年前の土を掘るの?

「専用の道具を持ってきたんだ」とサムは言って、
ボロボロで土に汚れたリュックを開いて見せてくれました。
鉄の棒です。
テントの骨組みのようなものが、たった4本だけです。
これで三メートルの深さの地層まで調べることができるそうです。
地層は一メートルでおよそ五百年前に遡ることができる。
つまりこの“テントの骨組みみたいな鉄の棒”で
千五百年前のことまで調べることができるのです。


このシンプルな道具からは信じられないような話しです。
僕はここにアドベンチャーを感じました。
「おれも行く」と志願して、
荷物運搬兼運転手として浜名湖の地層調査に付いて行くことにしたのです。

「ここを調べたい」
とサムが僕に紙を渡しました。


おお、サム、グレイト!
僕のアドベンチャー気分はさらに盛り上がりました。
三カ所の★印には地層調査というより、
僕には宝が埋まっている風の地図にしか見えません。
ともかくそんなきっかげがあり、
僕も地層調査見学をすることになりました。

最初の★地点には音羽蒲郡から東名高速で一時間半で到着しました。
浜名湖県立自然公園から近い、西側の沿岸です。
「どこで堆積層を含む土を見つけることができるか」
これが唯一の目的で、僕らのトレジャーハンティングです。
しかし、この堆積層を探すのがいかに大変なことなのか、
浜名湖に着いて歩き回ってから、はじめて知りました。

というのは、
アスファルトで固まっていない地面を掘ればすぐに、
数百年数千年前の土に辿り着くことができる、
という単純な話しではなかったからです。

まず、沿岸の砂浜。
砂浜は深く掘れますけど、
どこまで掘っても砂で、砂は堆積層を残さない。
それに、もしかしたら他から砂を運び込んで、
人工的に作った砂浜かもしれない。

次に湖からなるべく近い陸地帯。
今度は土が堅くて深く掘れないという問題。
トラクターなどの重機で整地してあるような場合、
土が掘り返されたりして、
堆積層が崩れてしまっていて参考にならないのです。




沿岸を諦めて、
内陸の川沿いに行くことにしました。
浜名湖沿いはずっとサイクリングロードとしてしっかり整備されているので、
どこを掘っても同じ結果になりそうだ、とサムは言いました。

たぶん、浜松市民でも来たことのある人は少ないであろうという、
奥地へ奥地へと進みました。
そして、「ここは!」と思う場所にドリルを突き刺す。



この地層調査機具、これは手動ドリルです。
まず主となるポールが二本。
一本はT字の取手が付いていて、もう一本はL字になっている。
このL字の内側に土がくっついて採取できる仕組みです。
これで一メートルの深さまで掘れる。
これに一メートルの補助棒が二本付いて、計三メートルの長さとなる。

それぞれの棒は簡単に繋ぎ合わさるようになっていて、
T字を持ち、L字の方を地面に突き立てる。
そしてここで特殊な掘り方をする、
と、僕は思ってました。

地面に突き立て、
そしてここで特殊な掘り方を……、
しなかった!
そのままぐいぐい地面にねじこむだけ。完全に力任せです。

サムが「ちょっとやってみる?」と言うのでやってみました。
自転車の空気を入れるような姿勢で取手を持ち、
下に力を入れて、左右、左右、とえぐる。
しかし頭よりちょっと低いだけのところに取手があるので、
まったく力が入らない。
息を止めて、顔が真っ赤になるほど力を入れても下がっていかない。

もうダメ、と言ってサムに返しました。
サムはその太い腕でぐいぐいねじこんだ。
懸垂をするように腕を逆にしてねじこむ。
30センチほど掘り下がる。
取手の上に全体重をかけるように前屈みになり、
顎からは汗が垂れ落ち、
腕の筋肉が風船のように膨らむ。

「ううう」とサムは唸って、止まった。
30センチ。
それより下は固くて掘り下げることができませんでした。
この川沿いもダメです。
サムが欲しいのは二から三メートル下層の土です。

不発、不発で、トボトボと車に戻っているときに、
大学で地層調査をしている女性は他にもいるのか?と聞くと、
「うーん、いない」とサムは言いました。
そうだろうな、と思いました。
この仕事は筋肉作業です。

「困った。どこを掘ったらいいんだろう」
サムは言いました。
「こんなに掘る場所が見つからないとは思わなかった」と。
つまり、自然の状態の地面が見つからない。
どこもかしこも人の手によって整地されている。

もうちょっと詳しい地図はないのか、とサムに聞きました。
彼が事前に調べてきた浜名湖のデータを。
宝の地図じゃなくて、普通の地図は、と。
「これ」と彼は言って地図を出しました。


「あるじゃん詳しい地図。何なの最初の手書きのやつ?」
とは言いませんでした。
手書きの地図で僕のテンションを上げておいて
運転手を捕まえるという演出をするには、
彼はピュアすぎる誠実な青年だと思いましたから。

この地図には過去に日本人が地層調査をしたデータが載っています。
「きっとこの調査ではエンジン付きのドリルを使っていて、
手動のものではダメかもしれない」とサムは元気を失っていました。
イギリスで地層調査をするときはこんな苦労はしなかったようです。

この後も何カ所か移動しながら
色んな場所に棒を突き刺しました。
しかし湖も川も、沿岸はどこもコンクリートで補強してあるか、
人工的に固く埋め立てられたところばかりでした。
日本ではあらゆる沿岸の工事を終えてしまったのか?
むしろ工事をしていない沿岸があるのか?
そんな、今まで考えたこともない疑問を抱きながら、ドリルを突き刺す。



昼に僕らは浜松餃子の店に入りました。
僕が助手をする代わりに彼が昼食を奢るという約束をしていたのです。
僕らは餃子を十五個ずつ食べて店を出ました。
そこでサムは言いました。
「浜名湖はギブアップする。
土を持って帰れなかったら研究も何もできない」

この後も数カ所回りましたけど、
結果は同じでした。
深く掘り下げれる場所が見つからない。

サムはしきりに僕に「興奮するような調査を見せれず申し訳ない」
と謝りました。
僕は「地層調査なんて何一つ知らないのに付いてきたけど、
僕は僕でこのプロセスを知れて十分だよ。
卒論もそんな簡単にできたら底の浅いものになっちゃうかもしれないし」
と、慰めにも笑い話にもならないようなことを言ってました。

悲観することでもないことは、
サムが同学年で一番最初に卒論をはじめた一人であることです。
提出期限は来年の九月らしいのでまだ余裕があります。
「湖周辺の地層調査」というテーマは変えたくない、
イギリス内でまた調査場所を探す、とサムは言いました。

グッドラック、サム。
浜松餃子美味しかったです、ご馳走様です。

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