2014年7月22日火曜日

ドントマインドと言うとき、あなたは腹を決めてますか?

「なぜ彼女と別れたの?」とホセに聞くと、
彼は手で目を覆い、
顔をもたげて言いました。
「オーマイゴッド」

「ロンドンで付き合っていた頃、問題は何も無かったんだ。
三ヶ月だけだったけど僕らはハッピーだった。
彼女は三五歳でとてもきれいだった。
彼女が日本に戻らないといけなくなったとき、
僕はずっと彼女といたいと思ったからロンドンの住まいを引き払った。
それで彼女が借りていた神奈川のアパートに移った。
だけど一ヶ月で僕らは別れることになったよ。
日本に来てから彼女はすごく怒りっぽくなったんだ。
何がそんなに彼女を不機嫌にさせるのか分からなかったけど、
彼女は僕がすることなすこと全てに怒りを爆発させるようになった。
僕らは一緒にいるのを諦めて、家を出た。

家を出るにしても僕は日本語が喋れないから、
ほんとに途方に暮れて、どうしていいのかまったく分からなかったよ。
唯一、一人だけFacebookの友達で日本在住のペルー人の知合いがいて、
相談してみると「市役所に行ってみるといい」と言われた。
それも『私が住む西尾市の市役所はすごく助けてくれた』と言われたから、
僕は愛知県に来たんだ」

——相談のためにはるばる神奈川からここまで!?

「他に当ては何もなかったし、
帰りの飛行機はまだ一ヶ月も先で時間だけはあったからね。
とにかく希望のありそうな場所に行きたかった。
落ち着ける場所を早く見つけたかったんだ」

そうやって語るホセは少し悲しく見えました。
僕は人の心の傷みには鈍感なほうなのですけど
(だからこうやって失恋話も追求できる)、
好きな人と、安心して住める場所、
同時に二つを失ったことを想像すると
さすがにホセのことがかわいそうになってきました。

ホセがうちに来てから数日後、
僕が仕事から帰宅して台所にいるとホセが部屋から出てきました。
「どうしても暑くて、冷蔵庫のビールを飲んでしまった。
すまない、必ず明日代わりのものを買ってくる」

僕が家に帰って正直にすぐに言ってきたので、
ラテン系の男にしては律儀な性格だなと思いました。
だから「ああ、いいよ今日は暑かったからね。気にしないで」
と僕は言いました。

気にしないで。
英語で言うとドントマインドです。
これは日本人が全員知っておくべきことだと思いますけど、
外国人にドントマインドと言うとき、腹を決めて言え、ということです。
心の底から「気にするな」と思ってなければ言ってはいけません。

僕は心の底から気にするな、とは思っていませんでした。
小さい男ですけど、
ビールはおれのもんで、
人のものは勝手に飲んではいけない、と思ってました。

しかし、ホセは暑かっただろう。
それに知らない場所にいて不安もあるだろう。
日本で苦労もしているだろう。
僕はつい「ドントマインド」と言ってしまったのです。
言ってすぐ、まずいかな?と考えました。
シェアハウスはルールだ大事だから、明確な線引きが必要です。

だけど翌日ホセは言った通り、
というより言った以上にビールを二缶も買ってきました。
「どれだったか分からなかったけど買ってきて冷蔵庫に入れといたから」
僕は予想を上回るアクションを起こしてきたホセに驚いて、
「ドントマインド、ありがとう」
とまた言いました。

ビールはおれのもんだ、と思っていた自分が恥ずかしくもなりました。
彼は律儀な男で、
余計なルールなど説明する必要はなかったのだ。

翌日、僕が仕事から帰宅すると、
彼が買ってきたビールは二缶とも台所で空になっていました。
きれいさっぱり、飲み尽くされていました。
「……これって、おれに買ってきてくれたやつだよね?
で、結局自分で飲んだってこと?」

「やっぱりだ」僕はふつふつと頭に血が上ってきました。
「やっぱりこうなった!
ホセのことかわいそうだと思ってたけど、ぜんぜんかわいそうじゃない!
ドントマインドなんて、やっぱり言うんじゃなかった!」
僕は途端にまた心が狭くなりました。
シェアハウスのルールを明確にしなければならないな、
と思いました。

世界各国のユースホステルのどこに行っても、
注意書きがあらゆるところにペタペタ張ってあります。
冷蔵庫のドアに「三日以上入れっ放しのものは捨てます」とか、
流しに「使った食器は洗って、戻して!」とか、
バスルームに「自分で汚したら、自分で掃除」とか、
そういう当たり前のことがホステル中のいたる所に張ってあります。

こんな当たり前の張り紙が必要なのか?
ホステルに泊まる度に僕はそう思ってました。
そんなこと分かりそうな事だけどな、と。
だけど色んな人種がいて、ルールは明確に言葉にしないといけないのだ。
僕はユースホステルの管理人が
電化製品やドアや壁の全てに張り紙を貼りまくる気持ちが分かってきました。

今回はたまたま矛先がホセに向かいましたけど、
ウチは人種の坩堝と化しているので、
「察してほしい」という願いよりも、
言葉で伝えないといけないなと再認識しました。

0 件のコメント:

コメントを投稿