2014年6月24日火曜日

魔女を怒らせる

レアの二件目の滞在先は長野の松本市です。
「次は楽しく一緒に生活できる人たちがいたらいいな」
と思いながら移動したそうです。

だけどその期待は到着した日の晩に、早くも打ち砕かれました。
そこは五〇代の夫婦が経営するリンゴ農園でした。
レアが到着する数日前から、
アレックスという大学院で科学の研究をしている
二八歳のフランス人男性がいました。
「何で博士希望の人が田舎で農業をしてるの」と僕が聞くと、
レアは知らない、と言いました。

到着したその日の晩ご飯の時です。
和食が出されたけど、
詳しいメニューは緊張で忘れてしまったとレアは言いました。
中年夫婦とアレックスとレアの四人は初めて食卓を囲んだものの、
紹介しあうこともなく、ただ沈黙の中で食事が行われました。

それからも毎日そんな感じで沈黙の食事が続きました。
中年夫婦がどちらも英語をほとんど喋らなかったために、
アレックスとばかり英語を喋るわけにもいかず、
それに、下手な日本語を使って中年夫婦に喋りかけても箸を止めるだけで、
まともな会話にならず、
ますます喋りかけるのが難しくなったそうです。

「でも私が納得できなかったのは」
とレアが突然力を込めて言いました。

「ご飯を食べ終わったらお皿を片付けるでしょ。
夫婦の食器も一緒に下げて洗いはじめたわ。
アレックスも食器洗いを手伝ってくれたんだけど、
その奥さん何て言ったと思う?
『食器を洗うのは女の仕事だから、アレックスは座っていなさい』
って言うの。
『え、何を言ってるのこの人?』とよく理解できなかった。
だって私とアレックスは同じウーフーなのに、
何で私一人で片付けをしなきゃいけないの?
奥さんはアレックスに座ってなさいと言ったけど、
アレックスは自分も片付けると言って手伝ってくれたわ」

滞在中はどんな仕事をしていたのかと聞くと、
小さな木に白いペンキを塗った、とレアは言いました。
膝ぐらいまでの小さなリンゴの木で、
ペンキは害虫を寄せ付けないための防虫剤だと思いますけど、
それを400本の木に塗ったそうです。

「その夫婦には息子がいて、
離れの家に一人で住んでいたの。
三〇歳ぐらいだと思うけど、
仕事はしてなくてずっと家の中にいたわ」

——それはニートだね。と僕は言いました。

「だけどたまに、週に1、2回出かけるみたいで、
その時に奥さんは『掃除をしてきて』って言うの。
だから私とアレックスは息子がいない間、
離れの家の掃除をしないといけなかった」

——家事手伝いでもないのに。

「そうだけど、断れないわ!
離れは小さな二階建てで、
家に入るとほこりの臭いがした。
私たちは掃除機をかけたり、
散乱しているゴミを袋にまとめたりして片付けた。
あるていど片付いたところでアレックスが二階に上がっていったんだけど、
彼が大声で私を呼んだわ。
『レア、ちょっと来てみなよ!』って。
私は持っていたゴミ袋を放って二階に上がった。
平凡な毎日でつまらなくて、
何か興奮するようなことに飢えてたのよ。
二階に上がって、そこで見た光景は凄かったわ。何だと思う?」

——女性の大きな人形があった?

「それもあった!しかも一体じゃなく、何体もね。
二階はワンフロアだったけど、
その部屋全部がポルノ系のもので埋め尽くされていたの。
コミックも、
写真集も、
DVDも、
ポルノ関係のものなら全て揃ってたわ。
低い天井だったけど、天井まで積み重なって一杯だった。
アレックスも私もポルノコミックなんて見たことなかったから、
掃除をやめて読みはじめた。
それにしても、何でコミックの女の子はみんな牛みたいに胸が大きいの?」

——うーん、分からない。男の願望?

「次の週も息子が出かけたときに私たちは掃除をしに行ったわ。
それで片付けが一段落して、
また私たちはポルノコミックを読みはじめたの。
日本語の勉強になると思ったし、興味もあったから。
アレックスと二人で『これどういう意味?』何て言いながらね。
分からない文章があって、
私が『これ奥さんに意味聞いてみようかな』って言うと、
彼は『もしほんとに聞けるもんなら50ユーロあげるよ』なんて挑発してきたの。
50ユーロって……、7000円ぐらいよ!
私はすぐアレックスに『約束よ』と念を押したわ。
私はそのコミックを一冊持って離れを出て、
夕食の準備をしている奥さんのところに行って見せた。
アレックスは外で待っていたわ。ほんとに男って臆病なんだから!」

——奥さんはどんなリアクションをしたの?

「彼女すごく怒ったわ。
『そんなものを持ってくるなんて信じられない!
すぐにそれを家から出して!
なんとかかんとか!』
それ以降、まだ数日滞在期間が残っていたけど、
彼女は一言も私に喋らなくなったわ。
全部アレックスに言うの。
ま、いいけどね。私は50ユーロ手に入れたから、うふふ」

——だけど、その奥さんだってきっと、
息子の部屋にポルノ雑誌がたくさんあることを知っていたはずなのに、
怒るぐらいなら何で掃除に行かせたんだろうね?

「分からないわ。
だけどほんと、彼女は魔女だった」

魔女、つまりレアにとっては陰険な相手だったという意味です。
性に寛大なヨーロッパガールと、
日本の昔ながらの考えを持つ農家がウェブ上でやり取りして、
共同生活をするんです。
ウーフーシステムって画期的だなと思いました。

2014年6月16日月曜日

無口な者の愛の告白

ドイツ人の女子大生レアがオーシャンに来て
かれこれ三週間になります。
愛知に来る前には岐阜に二週間、
長野に二週間ウーフーとして農家のお仕事を手伝っていたそうです。

レアは愛知に来る前にすでに気疲れして
「日本でやっていけるか心配だった」
と言っていました。
どうしてかと聞くと二件の滞在中のエピソードを話してくれました。

一件目の滞在先は岐阜の、野菜を中心に作っている農家で、
レアの他にも二人のウーフーが働いていました。
アメリカ人のトッドという40歳の男と、
もう一人は日本人で28歳のDという男でした。

「D、ぜんぜんしゃべらない。わからない」
とレアは首を振りながら言いました。
朝昼晩の食事をみんなで食べるときも、
Dだけは一人黙々と食べ、
食器を片付け、
何を言わず寝床に戻っていくというが普通だったそうです。

小さな飲み会を開くために
レアとトッドがビールを買ってきてDを誘っても、
彼はボソボソっと何か言って部屋に閉じこもっていました。
僕が「彼の写真はないの?」と聞くと
(僕も趣味が悪いですけど)、
レアはデジカメで撮った写真を見せてくれました。

まず目につくのはトッドです。
大柄な金髪坊主の男で、台所でこっちを向いて笑っています。
Dはその隣で横を向いています。
真っ黒で短髪、メガネでうつむき気味の顔は、トッドとは対照的に暗そうです。

トッドは仕事の長期休暇で、
ウーフーシステムを利用して日本旅行中ということでした。
けどDに関しては、まず質問してもあまり答えないので
目的もよく分からない。

結局、レアはまともに会話をすることもなく、
滞在期間が終える二日前になりました。
トッドは次のステイ先に移動していたので、
この日はレアとDの二人になっていました。

朝、レアがいつものように台所でコーヒーを飲んでいると、
Dが入ってきて、
彼はレアの前に無言で立ちました。
彼は黄色い花束を持っていました。
それをレアに渡し、レアが受け取ると、
次に彼はポケットから紙を取り出しました。

折ってあった紙を広げ、
「Dear Lea……」と英語を喋りはじめました。
それは愛の告白でした。
彼は夢を話したわ、とレアは言い、
どんな夢だった!?と僕は身を乗り出して聞きました。

「初めて会った時から僕は君のことが好きだった。
君とドイツに行きたい。
広い畑がやれる家を探そう。
僕は畑を大きくする。君は家で待つ。
子供は10人欲しいな。
きっと幸せな暮らしができると思う」

Dは将来、ドイツで大農園主になり
レアと子沢山の結婚生活を送る夢を語りました。
読み終えるとその手紙をレアに渡しました。
角張っていて几帳面な字だったそうです。

レアは困りました。
Dは返事を待っているかのようにそのまま無言で立っているので、
レアははっきりとこう言ったそうです。
「私はあなたのことを何も知らない。
それなのに結婚なんてできないわ。
私はファームをやるつもりはないの。
ガーデニングは好きじゃないわ。
子供もそんなに欲しくない」

「それに、色の中で黄色が一番嫌いで、
黄色の花束はまったく嬉しくないわ!」
ということはDには伝えなかったそうです。

その日と翌日、
Dは目を合わせることもなく過ごし、
お互い次の目的地に向かって家を出たそうです。

「話しもしてないのに何で私のこと好きだって思えるの?
ぜんぜん分からないわ!」
缶ビールをぐびぐび飲みながらレアは言いました。

この次のレアのステイ先は長野です。
「She was a witch」
とホスト先の奥さんのことを言っていました。

2014年6月10日火曜日

ドイツ人のシェアメイト

・レアが何かドイツ料理を作ってくれると言いました。

最初、僕はザワークラウトが食べてみたいと言ったんですけど、
レアは「あんな臭いものは食べれない。
おばあちゃんがザワークラウトを作る日は、
妹と外に逃げ出して、近くにピザを食べに行くの」
と渋い顔をするので、
「それじゃいつもママが作ってくれるものがいいな」
と僕は強要するのも悪いと思って話題を変えました。

結局彼女は“カクフェ プファ”を作ると言いました。
朝、昼、夜の時間に関係なくいつでも食べれて、
もっとも身近な家庭料理にレアはこれを思い浮かべるそうです。
カクフェ プファはおやきとチヂミとハッシュドポテトの親類です。

材料はこのようになってます。
①じゃがいも
②小麦粉
③卵
④ベーコン
⑤塩

シュレッダーでじゃがいもを細く削り、
以下の材料をすべて混ぜ合わせて、
油を敷いて熱したフライパンで薄くカリッと焼いて完成という料理です。
カクフェ プファの焼きたては外側が焦げでカリッと、
中はもっちりとした食感になっている。
おかずでもいけそうだし、主食でもいけそうです。

この日は晩ご飯に、
ビールを飲みながらカクフェ プファを食べましたけど、
酒のつまみにもなります。
そして、翌日に残ったものを朝に食べましたけど朝食でもいけます。

レアに「朝はいつもこれ食べるの?」と聞くと、
「朝ご飯はいつも食べない」と言いました。
朝食の席で僕はこのドイツ風おやきを4枚も5枚も食べている間に、
レアはずっとテーブルに立てた肘の上に頭を載せて、
フォークで一枚目のカクフェ プファをいじり回していました。

・レアは現在ベルリンの大学に通っていて、
同じ大学に通う男性二人とアパートをシェアしているそうです。
男と共同生活するのはどうなのかと聞くと、
「彼らは二人共ゲイで、
一人には彼氏がいるし、
そこら辺の女の子よりよっぽど繊細だから私は楽だわ」と言ってました。

僕の住処も一応シェアハウスみたいなもので、
オーシャンにウーフーとして手伝いに来てくれる人たちが
泊まれるようになってます。
それでも、ウーフーの方たちが滞在している期間よりは、
僕一人の期間のほうが多いので半シェアハウスです。

特にシェアハウス内のルールみたいなものもありませんけど、
参考に、何かシェアハウスのルールを設けたほうがいいかレアに聞いてみると、
「靴下をドアノブに引っ掛けとくのは大事だと思うわ」
と彼女は言いました。

これはホテルにある「起こさないでください」とか
「掃除をしてください」という掛け札と同じ役割を果たすもので、
「ただいまSEX中です」という意味を伝えるためのサインだそうです。
たぶんこれはSOXとSEXを掛けているんだと思います。

このSOXの使い方としては他に、
共同で利用する場所、例えばキッチンのテーブルの上に置いておけば、
「今夜は彼氏(彼女)と二人で過ごしたい」
というメッセージになります。

・こうやって話していると、
やっぱりヨーロッパは日本よりも性にオープンだなと思います。

レアに「日本人のここがおかしいと思うところはどんなところ?」と聞くと、
「誰もハグをしなくて、お辞儀ばっかりしてるから変だわ。
好きな相手にとか、仲良くなるためにとか、
ハグしたくならないの?」と言いました。

——ハグなんて家族でも恥ずかしくてほとんどしないよ。
日本育ちの僕は思わず腕を硬く組みました。

反対に「ドイツ人でおかしいと思うところはどんなところ?」と聞くと、
「ドイツ人の男の悪いところは体中触ってくるところ!」
と彼女は激しく首を振って言いました。
「すぐに胸とかおしりを触ってくるし、
抱きついてちょっかいかけてくるのよ!」

——そういうハグはダメなの?

「それとこれとは全然違うわ!
そういう触られ方はしたくないの」

ヨーロッパ人は性にオープンだけど、
その境界線がどの辺りなのか際どいところです。
「じゃドイツの女性でおかしいと思うところはどんなところ?」
と僕は再び質問しました。

彼女は目を伏せて、
ドイツ人らしく正確な答えを導き出すかのように考え、
そして一つ頷いてこう言いました。
「あまり無いわ、おかしいところなんて」

僕は「うっそだー!」と叫びそうになりましたけど、
その代わりにふむふむと相づちを打ちました。

世界中のどこの国にいっても女性におかしいところはなくて、
男はたいていおかしいんです。
そうやって考えれば女の人とケンカにならないことを僕は知ってます。
丁度今、高橋秀実の『男は邪魔!』という本を読んでましたから。

2014年6月2日月曜日

メビウスのお辞儀

先月は「控えめなフレディー」というタイトルで、
ウーフーとして農業を手伝いに来てくれていた
アメリカ人の大学生のことを書きました。

入れ替わるようなタイミングで今度は二人のウーフーが来てくれました。
一人はドイツ人の二十歳の女子大生で、
生物学を勉強しているレアという金髪のかわいらしい子です。
僕よりもちょっと背が低いですけど(ドイツではかなり小柄)、
ビールはだいたい3リッターぐらい飲めるそうです(ドイツでは標準)。

もう一人は某航空会社のキャビンアテンダントとして約十年働き、
「これまで仕事のことしか考えてこなかったから、
しばらく旅をしてみようと思ってケリをつけた」と言う、
四〇代女性のKさんが来てくれました。

Kさんが只者でないことは、
彼女にお辞儀をされるときに分かります。
彼女はプロフェッショナルだ、と直観的に感じます。
スタッフの一人はこう言いました。
「Kさんにお辞儀をされると優越感を感じるんだよね」

そこでKさんのお辞儀についてみんなで話し合い、
一つの結論を導き出しました。
彼女のお辞儀はサラリーマンのお辞儀ではないのです。

サラリーマンのお辞儀とはどんなものか。
先週僕は『半沢直樹』のDVD全巻を一日で見通したばかりなので、
サラリーマン的お辞儀を鮮明にイメージできます。

堺雅人は両腕を指先までぴっしり伸ばし、
お尻を突き出し気味に(後ろに人がいたら突き飛ばすぐらい)、
頭は75度の角度まで下げ
(対面でお互い同じお辞儀をしたら確実に頭をぶつけあう)、
ブーメランのような形です。

それに対してKさんのお辞儀はなんというか、
直線上のラインだけでは説明できません。
ひねりが加わっているんです。
メビウスの輪を思い出してください。
直線上のラインに一ひねり加えることによって、
二次元から三次元の世界に飛躍しています。

Kさんのひねりはどこにあるのか。
スタッフの一人がKさんのお辞儀のマネをしているときに
これか!?という動きを発見しました。
それは肩の動きです。

Kさんの肩はお辞儀をするとき、
右肩のほうが若干前に出ているのです。
左肩を引き、右肩が前に出るようにして頭を下げる。
両手は丹田の辺りに重ねて、
頭を下げる角度は状況に応じて軽めのときもあれば深い時もある。
だけどどんな時にも、
頭を下げると同時に、軽く上半身をひねっているのです。

これは航空業界のノウハウなのか?
このお辞儀がなんと呼ばれているのか知りませんが、
仮称“メビウスのお辞儀”ということにしたいと思います。

このメビウスのお辞儀は奥深さを持っていますが、
マネをするときに気を付けなければいけないことがあります。
女性がこのお辞儀をすると特別な優越感を相手に与えることができますが、
男性がこのお辞儀をするとオカマにしか見えません。

今日このブログを書いている日の一日前に、
三週間ほどオーシャンの仕事を手伝ってくれたKさんは
次なる目的地に向かって旅立って行きました。
お辞儀のことについて質問する機会を逃してしまいましたが、
またお会いできた時に訊ねてみようと思います。

次回のブログではレアちゃんが作ってくれた、
ドイツ料理の“カクフェ プファ”について。
それと、彼女もドイツでシェアハウスをしているそうですが(ゲイ二人と)、
部屋のドアノブに靴下をぶら下げとくことは大事、
と話しをしてくれたことについて書こうと思います。