2013年8月8日木曜日

豊田藤岡怪談

アスカちゃんは高校生の頃、
ブラスバンド部でサックスを吹いていた。
熱心に練習に取り組んでいた部活では、
帰りが夜遅くなってしまうことも日常茶飯事だった。

その帰りの時間が
九時十一分猿投着の電車に乗ったとき、
必ずといっていいほど
不思議な現象に遭遇した。

猿投駅から自宅がある藤岡町まで、
アスカちゃんは自転車で帰った。
人通りも無ければ街灯も無い道で、
田んぼやまばらな家、
小さな寺や墓を抜けて行く一本道だ。

女の子にかぎらず、
誰でも心細くなるような道だった。
はじめてアスカちゃんが
その現象に立ち会ったとき、
何がなんだか分からいほど驚いた。

自転車を漕いでいると、
後ろから近付いてくる音があった。
近付いてくるといっても異常な早さで、
後ろを振り返るヒマもなかった。

「シャッ」
と横を追い越していくものがあった。
そしてまた「シャッ」、
また「シャッ」、
「シャッ」
「シャッ」
「シャッ」
「シャッ」
「シャッ」
「シャッ」
「シャッ」

それは十台前後の
物を言わない人間が乗った自転車だった。
顔を前方に向けて、
アスカちゃんの方を気にするわけでもない。

縦一列に並んだ十台の自転車は、
とても長い。
だけどその長い列が一瞬で、
「シャッシャッシャッ」
最後に
「シャーーーーー」
と、道の先に消えていく。
無言で……。

アスカちゃんは家に帰ってすぐ両親に
一体何が起きたのかを聞いた。
正体が分かった。
トヨタ系の工場で働く中国人たちだった。

正体が分かっても怖かった。
それもそのはずで、
静かな夜道なのにも関わらず、
物音をまったく立てない。
自分の間近まできて存在に気付いたときにはもう
「シャッ」と通り超していく。

だからアスカちゃんはイヤフォンをつけて、
その音が聞こえないように音楽を聴きながら
帰ってみた。
そうしたらもっとびっくりした。

自分の横を通り抜けていく音の替わりに、
「バッバッバッ」という風が吹き抜ける。
ちょっとでも背後から物音が聞こえた方が、
心の準備が出来て、
まだマシだった。

自転車大国の人たち、恐るべし。

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