2013年8月3日土曜日

阿久比怪談

阿久比町に病院の廃墟がある。
知多半島高速道路を走ると、
遠目からでもその朽ち果てた建物を
眺めることが出来る。

隣町に住む山本くんは
この廃墟が地元の間で心霊スポットとして、
結構危ないと噂になっている話を聞いた。
その廃墟で戦利品を持って帰ってくれば、
若い者同士の間ではステータスにもなる、と。

山本くんは嫌がる友達を無理やり連れて、
その廃墟に行った。
割りと最近まで人の出入りがあった病院だけに、
散乱しているものにもまだ人間味が染み付いていた。

受付けの周辺には空っぽになった棚が散乱して、
診療室のような部屋には古くなった機具が
壊れたのか壊されたのか、そのまま転がっていた。
涼しい夜で、夜の廃墟を散策する山本くんは
気味悪さよりも冒険心で、
戦利品探しに夢中になっていた。

ナースステーションに行き当たると、
その入口付近に看護婦のものだったと思われる
白い上履きが何足も転がっていた。
「これだ!」と思って山本くんがその片っぽを
拾い上げようとしてしゃがんだ。
すると視界に、きらっと光るものが横切った。

目線の先には事務机が並んでいて、
その足下が見えた。
光ったものの正体が何だったのか、
山本くんは懐中電灯を向けると、
一瞬誰かの顔が見えたような気がして、
カラダの血の気が引くのを感じた。
肩をつかまれてハッと山本くんは振り返ると、
友人は青い顔をして「行こう、行こう」と言った。

それでも気になった山本くんが
目線を戻してよく見ると、
事務机の下で懐中電灯が反射していることが分かった。
プラスチックのファイル入れに反射していたのだ。
山本くんはそのファイル入れを手に取ってみると、
中に書類が入っていた。
患者のカルテだった。
たぶん処分しようと思っていたファイルの一部が
机の隙間に滑り込んで、
そのまま置き去りになってしまったのだろう。

病院名も記されていて、
山本くんはこれ以上の戦利品はないと思い、
そのファイルを持ち帰った。

丁度一年が過ぎて、
翌年の同じくらいの時期に、
山本くんは朝の通勤で駅前を歩いていて、
一人の女性に呼び止められた。

「すいません、カルテを返してもらえませんか」

その女の顔には見覚えがあった。
事務机の下で見た顔と同じだった。
気付いた瞬間女の姿は無くなっていた。

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