2013年2月18日月曜日

古いけどパワーのあるオーブン

偶然行き当たったお店が良い店だったりすると、
情報サイトで検索したり誰かに教えてもらって行くよりも、
数倍うれしい気持ちになる。
「ここは自分が発見した店だ」と満足感に浸れる。

でも、はじめて入る店は緊張します。
それに失敗する危険もある。
間違いのない知ってる店に入ればそんな不安もない。
チェーン店なら絶対に知ってる味が食べれる。
情報サイトで好評価の店なら〈ハズレ〉もない気がする。

江弘殻の『飲み食い世界一大阪』を読むと、
そんなリスクを取ることが大事なことだと思えてくる。
口コミを読むとその店を理解したつもりになるので、
リスクを取る気分も失う。
だから読まないようにして新鮮な気持ちで店に入りたい。

京都の左京区にある[トラットリア アンティコ]には
そういう〈絶対に知ってる味〉と〈知らない味〉どっちに行くか、
という葛藤を経て入ったお店でした。
この[アンティコ]というお店は目立たずにひっそりと小さくて、
外からだと中は暗くてよく見えないという、
入りづらいまさに江弘殻の言う〈街的〉なお店です。

ホームページの写真で見ると明るい感じですけど、
生で見るともっと暗い印象があります。
通りすがったとき「やってるのか?」
と近付いてみないと分からないぐらいでした。
昔の僕ならこういう店には入れなかったです。

地元で長くやってる店には入りづらい空気があります。
高級感から入りづらい店もありますけど、
地元の店にはそれとは違う踏み込みにくさがある。
「他の席の人がみんな常連で白い目で見られたらどうしよう」とか、
「その店の作法とかがあって恥をかいたらどうしよう」とか、
そういう踏み込みにくさです。

きっとそういう店もあるんでしょうけど、
[アンティコ]はもっとざっくばらんな店でした。
右側にカウンターがあって、
左側にはテーブル席が並ぶ、奥長のお店でした。

僕が入ったときテーブルには二組いて、
カウンターには一人のお客さんがいたきりでした。
二組の人たちは話に夢中で、
カウンターの人は一人でビールを飲んでいて、
白い目どころか目も向けられませんでした。

スタッフはマスター以外に若い人が4人いる。
これも地元の店だという感じがした。
「地元の店は狭いのにスタッフが多い」
これは僕の経験の中で知った地元の店の特徴です。
オーシャンも店の割にはスタッフが多いので、
そこら辺、地元の店になっていけたらいいなと思いました。

どこら辺がざっくばらんかというと、
(僕はカウンターに通された)
カウンタの上の瓶にパスタがごそっと突っ込んであり、
その横には相当な年代物だというような古い秤がある。
パスタが数本瓶から飛び出ていてこっちに落ちてきそうだった。
これはなかなかの臨場感でした。

その他には刻んだ鷹の爪が置いてあったり、
パセリの束が瓶にぶっ刺さっていたり、
たぶんパスタのゆで汁だと思う水がボトルに入れて置いてある。
カッコいい容器とかではなくて、
普通のプラスチックのタッパとかに入って、
そういうのが酒瓶とかと並んで、
ざっくばらんにカウンターに置いてある。

料理を頼む。
「自家製サルシッチャと季節の野菜のスパゲッティ バジリコ風味」
僕はパスタでは季節に関係なくペストがいちばん好きです。
デザートとドリンク付きのセット。

料理を頼むとマスターがカウンターの上に突っ込んであるパスタを
一掴みして秤に載せる。
飛び出ていた麺がこっちに落ちてきそうだったけど落ちてこない。
そしてもう数本を量の調整で掴んで追加して、パスタ鍋に入れる。
フライパンに火を点けて、
ニンニクを炒める。
作り始めからの過程がすべて見えるのが楽しい。
料理人と対面で向き合う臨場感が楽しい。

たぶん、ざっくばらんで飾ってないところに奥行きがある。
料理でも美しさとか華麗さとかとは別物の、
(いや、きっと深いものがあるんでしょうけど)
淡々と特に素早さとかも見せずに作る。

そのマスターの横には若い男の助手がいる。
助手はパンを担当していてオーブンに入れていた。
そのオーブンが最高にカッコよかった。
今はイタリアンといったら当たり前のように、
石釜だ石釜だとどこも言っているけど、
このオーブンがとにかくカッコよかった。

助手はバゲットを二個入れると、
数秒で取り出した。
たぶんすごく火力が強いんでしょう。
すごく古いオーブンなのに、すごく火力が強い。
それがすごくカッコいい。

このオーブンを筆頭に、
お店の道具にはどれも年季が入っていそうだった。
古いけどパワーがある。
パスタ皿なんか今はどこでもUFOみたいに大きな皿で
真ん中に窪みがあるタイプが多いけど、
ここの皿は小振りで無地で白い何の飾りもない皿だった。

そういう一つ一つにいちいち感動する男の前に出されたパスタが、
うまくないわけないです。
あーまた京都行きたいなー。
古いけどパワーがあるって、かなり魅力的です。

もし僕がグルメ雑誌とかで調べていたら、
たぶんこんな感動もなくて、
自分だけの経験だと思うから一つ一つを楽しめるんですかね。
偶然を求める。
オクシモロン。

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