2013年12月30日月曜日

暗い朝のダウンタウン

ベリーズからアメリカにきてもうすぐ一週間が経ちます。
だいたいアメリカに来てもほとんど動くことがない僕は、
家族が住むサンタクルーズ周辺で過ごしています。

それが今回はじめてロサンゼルスまで行くことにしました。
友達に会いに一泊二日のロス旅行です。

ベリーズ内を移動するときと同じように、
飛行機とバスの選択肢がありました。
飛行機なら往復400ドル、
バスなら往復で80ドルです。
七時間かけてバスで行くことにしました。
ベリーズシティーからプンタゴルダも七時間でした。

この旅行期間中『平家物語』を読み続けています。
この本はたくさんヒマがないと読み終えれないです。
Kindleに読み切れないほどダウンロードしてきたので安心できます。

20:30出発で3:30到着の便は予約するときには
目的地に辿りつくことだけを考えてます。
だけど二手三手先を読めない僕はいざロスに到着してみると、
こんな早朝というより夜中の大都市に放り出されて、
日が登るまでどこでどう時間を過ごしていいのか困りました。

同じ都市は都市でもロスと東京ではまったく雰囲気が違います。
東京にはどこかでいつでも店が開いている。
マンガ喫茶、カフェ、居酒屋、レストランなどなど。

だけどロスでそういう店を探そうと思ってもなかなか見つかりません。
僕はロスの図書館やディズニーミュージックホール、シティバンクといった、
ダウンタウンの大きな建物群の間を歩き回っていました。

明かりのある方へ向かい、
その北側のビル群を南に抜けると、
すぐに雰囲気が変わるのに気づきます。
そこはダウンタウンの旧市街で、
小さな商店、問屋、飲食店が並んでいます。

新市街を表だとすると、
この裏の旧市街に入ったところから人をちらほら見かけるようになります。
会話中の黒人グループ、
毛布にくるまったホームレス、
勤務を終えて疲れきった顔をしている警備員。

ユニオンステーションからダウンタウンまでバスで行きました。
午前三時を過ぎて店はどこも閉まってますけど、
バスは走っています。
そのバスに乗っている人たちは旧市街にいる人たちと同じグループです。

荷物をたくさん抱えた黒人、
毛布にくるまったまま移動しているホームレス、
今にも目が閉じそうな夜勤帰りの人をバスが運んでいます。
こんな時間にリュックを背負った観光客は見当たりません。

その旧市街を歩いていて人とすれ違うと
「チャイニーズ?」
と声をかけられます。
僕は軽いうなずき、
ボソボソとしたつぶやき、
後ろを振り返らず忙しい雰囲気を後ろに残して去り、
ダウンタウンをさまよいました。

この時間ロスで開いていて最も見つかる店は[サブウェイ]です。
だけどロスまできて[サブウェイ]に入りたくないです。

やっと[IHOP]という日本でいえばガストの位置付けのファミレスを見つけて、
これならまだアメリカに来た感じがあると思って入りました。

コーヒーと〈ストロベリーチーズケーキ〉というタイトルのパンケーキを頼む。
コーヒーは空のマグカップと魔法瓶で出てきます。

パンケーキは十分ほどで出てくる。
大きな厚いパンケーキが四枚です。
胃袋のサイズに対しては巨大です。
マヤ遺跡の土台が四段積み重なったような印象を持ちます。
半分しか食べれませんでした。

ここでノートにベリーズ旅行の出来事を書いて、
外が薄明るくなってきて時間を見ると三時間経ってました。

魔法瓶に入っていたコーヒーは三杯と半分でした。
飲み尽くしたので分かります。
コーヒーが4ドルに、
パンケーキが8ドル、
それにチップを2ドル置いて、
陽の昇りはじめるロスをまた歩きました。

2013年12月29日日曜日

ベリーズ旅行番外編

『ベリーズの乳製品』

ベリーズは多くの物資を輸入に頼っている。
たとえば乳製品が少ないです。
チーズも牛乳も少ない。
チーズはナチュラルチーズではなくプロセスチーズが、
牛乳は生乳ではなく加工乳が多いです。

その加工乳の中でも特にポピュラーななのが「LALA」です。
これには二種類、普通のと薄いのがある。
二つの違いはパッケージのプリントで、
普通のほうは男、薄いほうは女のモデルが使われています。

鈴木くんはどうしてもこの男が好きになれないということで、
薄いのは好きじゃないのにいつも薄いほうを買っている。
鈴木くんが買えないなら僕が買ってあげるということで、
この二種類を並べてみました。

……だからどうだっていう意味もないですけど。


『ベリーズ式二人乗り』

プンタゴルダには子供がたくさんいる。
鈴木くんが勤めるTCCという中高を兼ねた学校には九百人の生徒がいる。
六千人の街に九百人です。
六人に一人が生徒で、
街を歩いているとだいたい子供が鈴木 くんに挨拶をしていきます。

子供が多いですから必然的に、
交通手段は車より自転車が多くなり、
街にはよく自転車が走っています。
そこでよく見かけるのが二人乗りですけど、
この乗り方が変わっています。

一人は普通に座って、もう一人がハンドルの上に腰掛けます。
観察の結果、
この乗り方は子供の体が大きくなると運転が難しくなる乗り方です。

ハンドルに腰掛ける者があまり大きいと、
ハンドルを切るのに苦労をする。
そして視界が遮られて危なくなります。


『マヤ族の人形』

JICAのシニア部に所属する千葉さんという方は
マヤの伝統工芸品を扱うお土産物屋さんをマネージしてます。
どんな仕組みか時間が少なく詳しく聞けなかったんですけど、
組合という形みたいです。

十人ほどのマヤ族の工芸家が組合員になっていて、
彼らが持ってくるものを千葉さんが管理する店で販売する。

工芸品の定番はバスケットですけど、
日本に帰ったら店で使えそうなコースターをたくさん買いました。
その中の商品を見ていたら人形を発見しました。

不気味だなと思って手に持って眺めていると千葉さんが
「それ、作った人の本人の毛だよ」と言いました。
どうりでちょっと毛がちりちりしていて、
白髪が混じっているわけです。
それにしても、
お土産物にしてはかなりヘビーな商品です。


下の写真、後方右が千葉さん。
手前の方は工芸品を持ってくるマヤ族のおばさん。

2013年12月27日金曜日

マヤ遺跡にピクニック

ベリーズでは日本で普通に考える結婚システムとは異なり、
「Visiting couple」といって、
彼氏彼女の関柄でも子供がいることが少なくない。

ただマヤ族は例外で、
彼らは十二、三歳で結婚することが多い。
そして、マヤ遺跡がほとんど山側に点在するのと同じように、
彼らも山や森にコミュニティを作っています。

僕らはプンタゴルダでレンタサイクルをして(二時間4USドル)、
この山側にサイクリングに行きました。
道は悪路ですから日本の自転車と違って、
ビーチクルーザーのようにタイヤが太い自転車です。

プンタゴルダはそれほど広くもないのです。
十五分も走ると街の外れまで行きます。
中心から西の山側に向かっていくと、
マヤ族の住む家がコロニアル様式の住宅群に混ざってきます。
マヤ族の家は家の標札を見なくても一目で分かります。

彼らは伝統的な藁葺きの住宅に住んでいます。
街に住む金持ちのマヤ族は新しい洋風の家に住んでますけど、
田舎のほうでは藁葺きが一般的です。
プンタゴルダのマヤコミュニティでは、
カトリックの教会まで藁葺きです。



最初この国に来た頃はベリーズ人を一括りにしていて、
何族かなんて見分けがつかなかったです。
それでも注意して見ていると数日で、
ガリフナ、メスティソ、クレオール、マヤの違いが分かってきました。

マヤ族は背が低い代わりに、
鼻が高く槍みたいに尖っています。
肌はくるみ色で、
女性はだいたい艶の良い黒髮を後ろで束ねています。

ベリーズに来て観光らしいことはしていませんけど、
マヤ遺跡の一つには行ってきました。
十四ヶ所のうちの一つで、
プンタゴルダからバスで一時間のところにあります。


確か「ニムリプント」と発音していました。
この看板の後ろに見えるのは実際に住んでいる住宅です。
ここから山を十分ほど登ったところが遺跡の入口です。

途中の山道の脇にはマヤ族の家が所々にあり、
バナナの木があり、ニワトリが走り回ってます。
歩いていると長い剣を持ったマヤの青年が山から降りてきました。
僕はその時巨大な南国の葉っぱを日傘にしていたので、
領土を荒らした侵入者として切られたらどうしようと思ってましたけど、
切られなかったのでよかったです。
彼は背中に薪を背負っていました。


遺跡の手前にはきれいな建物があり、
そこで入場料(5USドル)を払います。
建物の中には発掘された巨大な岩が展示されています。
無理してサイズの大きい岩を入れたので、
天井の一部に穴が空いてました。

マヤ遺跡というと大きな岩の建物を想像すると思いますけど、
ニムリプントはスペイン軍の攻撃を受けて破壊されたほうの遺跡です。
発掘された遺跡はほとんど土台部分しか残っておらず、
周りにバラバラになった岩が飛び散っています。

その岩々は苔むしていて、
芝生はきれいな緑色で、
周りは赤い肌のマホガニーが囲み、
ちらちら木漏れ日が落ちています。
神社のように落ち着く空間です。

観光客は僕ら以外に二組(どっちも白人)見ただけです。
サンドイッチを作ってきた僕らはランチにするために、
芝生に紙を敷いて腰を降ろしました。

食べはじめて辺りを伺うと、
周りには等間隔に巨大な墓石のような岩が並び、
祭壇のような場所があるのを見つけました。
僕らはその中央の広い芝生の上にいました。

たぶん人生の中でこれほど、
サンドイッチを食べて厳かな気持ちになることは今後ないだろうな、
という経験でした。


2013年12月26日木曜日

ミスター・オーランドのコレクション

鈴木くんの家の近所に[ガバチスナック]という店があります。
ガバチがどういう意味か店主に聞くと、
娘の名前だと言っていました。

ここはピザ屋であり駄菓子屋であり、
卓球台にモノポリー、チェス、バックギャモン、トランプを置いて、
地元のゲームセンター的役割も果たしています。

経歴を聞くと話しが止まらないほど話してくれました。
要約すると彼はベネズエラ、コロンビア、アメリカ、ベリーズ、
四つの国籍を持ち、
各国を渡り歩いて料理をしてきたそうです。

シェラトンホテルのレストランで腕を振るい、
ワールドトレードセンターが崩壊する三時間前まで
そこで料理をしていたと言っていました。

店主のミスター・オーランドは
色んな武勇伝を語ってくれましたけど、
面白くない大人の自慢話とは違って、
少年が特別な秘密を人に教えるときのように輝いてました

ミスター・オーランドの少年っぽさは、
まず身長が150センチほどしかないところが少年のようです。
そしていつも被っているベースボールキャップと、
口を開けて歯をのぞかせて笑う顔が少年のようです。

それに加えて、
毎回お店に行くたびに卓球の勝負を申し込まれるところもそうです。
僕は二度お店に行っただけですけど、
どっちのときも疲れていて断ってしまいました。
断ったのに悲しそうな顔をせず、
開いた口から歯を見せて笑顔でうなずくだけなのがまた、
とても申し訳ない気持ちにさせられました。
三度目は必ず申込みを受けようと思ってましたけど、
残念ながら叶いませんでした。


ミスター・オーランドの少年っぽさはそれだけじゃありません。
僕らが厚い生地のアメリカ風ピザを食べていると、
彼はリスが大きなドングリを抱えるような感じで、
分厚いファイルを抱えて持ってきました。
それは自慢コレクションでした。

僕らには食べてていいよと言って、
自分でファイルをめくって解説をはじめてくれました。
それは「紙幣」のコレクションです。

大きいお札、小さいお札、
地味なお札、派手なお札、
どこの国か分からないお札がびっしり詰まってます。
その途中で「ジャパニーズ」と言ってファイルをめくるのを止めて言いました。
見ると確かに「THE JAPANESE GOVERNMENT」と書いてあります。
これは「ペソ」でした。
日本がフィリピンを占領したときに発行したお金でした。


またページをめくると、
日本円で「軍用手票」と印刷されたものもあります。
これも僕ははじめて見ました。


さらにめくっていくとフセインを見つけました。
南極のお金もありました。
これはもう紙幣というより、
水族館の入場券みたいです。




これだけ集めるのにいくらかかったのかと聞くと、
ミスター・オーランドは子供のようにへへへと笑って
「75,000USダラー」
と言いました。

僕はもう一回聞き返してから、
手帳に数字を書いて確認してもらいました。
やっぱり「75,000USダラー」と言ってます。
約七百五十万円だそうです。

実はもう一つファイルがあって、
そっちに高額紙幣を入れて、
母国ベネズエラの銀行のプライベートボックスに預けているそうです。

このとき見せてもらった中で一番高額だったのは
1000USドルでした。
これよりも高額だったり、
希少価値があればそれぐらいになるんですかね。

大人が子供の求めるものを大量に買うことを大人買いと言いますけど、
この人は大人が求めるものを子供のような純真な気持ちで
買っているんだなと思いました。

2013年12月25日水曜日

プンタゴルダの市場

ベリーズの道は穴ぼこで、
水たまりだらけです。
ポイ捨てが多くて
街にはゴミが散らかっています。

だけど人はみんなきれい好きで清潔です。
みんなシャツが白くて、
僕が使ったトイレの便器はどこも白かったです。

雨が降ればベリーズ全体は沼地になり、
家はカビる。
だけど外には真っ白な洗濯物が風になびいていて、
顔を出した太陽が洗濯物を一気に乾かす。
ぬかるんでいた道も気付けば元通りになり、
汗ばんていた服はさらに汗ばむ。
そこで日陰に逃げこむと涼しい風が体を冷やしてくれる。

家の庭には犬と猫と鶏が共存していて、
異なる民族が紛争を起こすこともなく共存する国を
ミニチュアで再現しています。

[ベリーズに住む民族]
メスティソ(ラテン×白人):49%
クレオール(アフリカ×カリビアン)25%
華人・白人:10%
ガリフナ:6.1%
マヤ:11%
その他:イーストインディアン、メノナイト、日本人

鈴木くんはこれらの民族の違いを判別できるそうです。
僕も教えてもらいました。
一週間いてなんとなく区別できるようになりました。

誰が見ても分かるのはメノナイト族です。
僕がバスに乗っていてメノナイト族が一人乗ってきたとき、
異質な雰囲気を放っていて驚いた。

彼らはドイツ系の移民で、
文明社会から逃れるために
このベリーズの地でコミュニティを作った。
電気など文明の利器に頼らず、
十九世紀西欧の伝統的な生活を守って暮らしているそうです。
移動手段は馬車で、
ハイウェイには「鹿注意」などと同じように
「馬車注意」の看板が出ています。

男性はみんな山高帽を被り、
白シャツに農作業用のオーバーオールで、
生地も決まっているみたいです。
デニムは着ていません。
女性はみんな頭巾を被っているそうですけど僕は見ませんでした。
この人たちの写真を撮りたいと思ってたんですけど、
最初のチャンスを逃してから出会うことがありませんでした。

下の写真は鈴木くんの家の近所に住む
イーストインディアンの旦那とガリフナ族の妻という夫婦です。
白髪のドレッドというのは始めて見ました。
背が高く威厳があって、
まさにビックマザーです。
車のトランクから何が飛び出ていたのかはよくわかりません。


プンタゴルタに着いてすぐマーケットに買い物に行きました。
店を出しているのはみんなマヤ族です。
山側に住むマヤ族が農業を担っているのです。
日曜日を除いて毎日朝から正午まで市場が開かれます。



僕らはここで野菜とフルーツをたくさんと、
それから港から上がったばかりのスナッパーという魚を買った。
メロンは一玉4USドル。
バナナは七本1USドル。
ニンニクは三玉1.3USドル。
ジャガイモ大が四玉で1USドル。
魚中サイズは三匹で5USドル。

ベリーズで最もポピュラーな魚がスナッパーです。
鯛のような味のする肉付きのいい白身です。
下の魚は名前の分からない魚です。


さばいてもらいたければすぐ裏に出たとこでさばいてもらえます。
僕がこのさばき場(?)で写真を撮っていると、
一人の男が怒り出したしました。
勝手に写真を撮るんじゃねえ、
ということを英語で言いました。
魚をさばいていた人はその男に、
「お前には関係ないだろ、
もういいからほっとけよ」
ということを言ってたしなめてました。
空気が悪くなってきたので魚をさばくのを見たかったんですけど、
早めに去りました。


プンタゴルダではほとんど自炊をして過ごしました。
ベリーズ中の人が毎日食べる「ライス&ビーンズ」も作りました。
米を豆とココナッツミルクと共に炊いたものです。
焦げ付いたり芯まで火が通らなかったりと、
コツを掴むまで何度かチャレンジが必要です。



2013年12月24日火曜日

プンタゴルダにバストリップ

プンタゴルダのハイスクールで美術教員についている鈴木くんは、
独立行政法人の「JICA(ジャイカ)」という
発展途上国の支援を行う組織に属している。

情操教育、環境教育、医療、村落開発
といった項目が主な活動内容です。
このJICAは世界中に派遣をしていて、
ベリーズには十九人の日本人が派遣されている。

JICA以外でベリーズに住む日本人は約十人ほどだそうです。
つまりベリーズ国内の人口は三十三万人で、
日本人は三十人前後だということです。
たった三十人!
ほぼみんな顔見知りだと言ってました。

鈴木くんの住むトレド州プンタゴルダには
そのうちの七人の日本人が住んでいる。
六千人の街に七人ですけど、
ベリーズ内では最も日本人が多く住む街です。

美術教員の鈴木くんの他には、
音楽の先生、
パソコンの先生が二人、
環境教育の先生、
マヤ族の伝統工芸品を売るお土産物屋さんを経営する方、
マヤ遺跡の採掘をしている研究者、
これで計七人です。

僕らはこのプンタゴルダまでローカルバスを使って行きました。
七時間近くかかりましたけど、
ベリーズシティーから11USドルと安いです。
早く行きたい人は100USドル払えば飛行機で一時間です。


プンタゴルダでは鈴木くんの家に泊めてもらうことになってます。
上の写真にあるような場所で降ります。
東に延びる道の先には海が見えます。

芝生はどこも丁寧に芝刈りがされていてきれいです。
ベリーズ人は道にゴミをよく捨てるので散らかってますけど、
きれい好きな人たちでもあります。

身なりは清潔で、
通りを歩いているとどこの家も洗濯物をぴっしりと干してます。
子供の数が多く、
十人兄妹というのもザラで洗濯物の量がすごいです。



鈴木くんの家は二部屋にダイニングキッチンという広さで、
ゆとりを持って絵を描くスペースもあるので、
創作活動を行うには適していそうです。

2013年12月21日土曜日

鞘付きモリンガ

しばらく前に「無理矢理モリンガ」というタイトルで、
モリンガの種を食べたことをブログに書きました。
それがまさか、
キーカーカーの地で実を結ぶとは思いませんでした。

今僕はうまいことを言ってますよ。
何ヶ月か前に食べたモリンガの種が今、
体内で実を結んだ。
比喩ではなく文字通りの意味で。
言葉と世界のフィジカルプレーです。

僕らはキーカーカー島で昼食をとるために、
オープンテラスのメキシカン料理屋に入った。
オープンテラスというより「屋根のない店」に見える。
もっといえば屋根もドアも壁もない店です。

僕らはそこでブリトー(US8ドル)を頼んだ。
豆、野菜、チーズが巻かれたベジタリアンブリトー。
ブリトーを持ってきてくれた時、
一緒に瓶に入った自家製の緑色のソースを出してくれました。

ウェイトレスは「ミラクルプランツのソースよ」と言った。
ワッツミラクルプランツ?と僕が聞くと、
「モリンガという植物の葉っぱと、
玉ねぎにハバネロをミックスしたものよ」と言った。

モリンガ!?
ウェイトレスがベンチのすぐ横の植物を指した。
それがモリンガの木でした。
水道管みたいに変な形に曲がっています。


(モリンガの木みんながみんな曲がっているわけではなく、
たぶんこの店のだけ)
モリンガの後ろに大きなパラボラアンテナがある。
一体何を受信(発信?)しているのか。

そしてこの横にはグリルマシンが置いてあります。
グリルをするだけなのに、
まるでタイムカプセルのように大掛かりです。
このネイチャーの中で機械がSF的な光景を醸し出してます。


モリンガに僕が喰いついていると、
ウェイトレスは親切にも裏に連れて行ってくれて、
もっと大きいモリンガを見せてくれた。
そしてモリンガの種をくれた!

日本の友達はネットで高いお金を出して買ってるものを、
僕はタダでもらったのでラッキーな気分になりました。
しかも鞘付きだ。
帰ったら友達に自慢したいと思います。


ウェイトレスはマイリンというコスタリカ人で、
サングラスを取るとモリンガのように
きれいな緑色の眼をしていました。





2013年12月19日木曜日

道端の丸焼き

キーカーカー島には犬がたくさんいる。
放し飼いなのか野犬なのか見分けがつかない。
南国にいる人はそうじゃない人に比べて自殺率も低く、
楽天的であり大らかだといいますけど、
たぶんそれは犬にも当てはまります。

どの犬もちょっと間の抜けた顔をしてる。
反応も遅い。
歩いていても前を見てない犬が多い。
何度かぶつかりました。

キーカーカーのメインストリートを歩いているときのことです。
この通りにほとんどの店が集中している。
通りに犬が二匹寝転がっていたように見えました。
昼の暑い時間だったので犬もシエスタなのか、と。

その場を横切るとBBQの匂いが漂ってきて、
ふと道路脇を見て足が止まりました。
おばさんが一人で、
炭火の上に金具をセットして肉を丸焼きにしていました。

同じ形をしている、
道端で気持ちよさそうに寝ているものと同じ形だ、
つまりこれは犬の丸焼きだ、
さっきの犬は順番待ちか?
見てはいけないものを見てしまった、
と僕は思って道で棒立ちになりました。

するとおばさんに声をかけられた。
「Do you want lunch?」
僕はノーと首を振って、
それから指をさして「Dog?」と聞きました。

おばさんさんは口だけ笑って「Pork」と言いました。
よく見たら足が豚だ。
それにしても、
豚にしては痩せすぎじゃないか?

キーカーカーのゴルフカート

キーカーカー島へはベリーズ・シティーから高速船で三十分。
値段は往復で22.5ドル(アメリカドル)。
船乗場の向かいにインド料理屋があって、
そこでチキンカレーとトルティーヤを5ドルで買って船に持ち込む。

揺れる船でスープ状のカレーを食べるのは難しいです。
それに船の中をカレーの臭いで充満させてしまって迷惑だったと思う。

船が出発して半分ぐらいまで進んだ時、
海の真ん中にヤシの木が一本見えました。
砂漠の真ん中でヤシの木が見えたらオアシスだと思えるけど、
海の真ん中でヤシの木が見えてもオアシスには見えない。

船が近付くとトタンの家が見えてきた。
桟橋もあって、ベンチやイスも見える。
一体こんなところに誰が住んでいるのか、民家です。
こんな場所で嵐の夜に寝ることができるのか。
ベリーズにはよく嵐がきます。

キーカーカーの港に着くとゴルフカートが何台も待っている。
すべてタクシーです。
この島ではみんな車の代わりにゴルフカートに乗っている。
道も、小さな空港を除けば舗装のされていない砂利道です。

僕らもゴルフカートを借りた(一時間12ドル)。
前進かバック、アクセルとブレーキしかない。
運転よりも水溜りを避けるほうが難しいです。
島は一時間でほぼ一周できました。

[海の真ん中にある家]

2013年12月18日水曜日

麻薬経由地点

ベリーズはコロンビアやボリビアなど南米からの
麻薬経由地点になっていて、
そのせいか空港の税関の眼も光っている。

南米から飛行機がレーダーに映らないように、
低空飛行でやってきてベリーズでトラックに載せ替える。
それからコロザル州というメキシコとの国境を越えていく。

中米のベリーズは治安が悪いと言われていて、
33万人の国で殺人件数は年間150人。
そのほとんどが麻薬に関わるギャングの仕業で、
ベリーズ・シティーでの犯罪だそうです。

僕の持物でいちばん怪しまれたものは「のし餅」でした。
白くて硬く平ぺったいZiplockに入ったのし餅。
三十代前半の筋肉たくましい検査員に
「これは何だ?」
と聞かれてライスケーキだと答えた。
だけど臭いを嗅がれたり突っつかれたりして、
なかなか返してくれない。
上司に相談してやっと返してくれて通ることができた。

今日はベリーズ・シティーからキーカーカーに船で移動します。

2013年12月16日月曜日

ベリーズに出発

「ベリーズ」という単語をはじめて聞いたのは一年ぐらい前でした。
僕が通信制の大学生だったときの同期生が、
ベリーズで美術の教員につくことになったと言っていた時です。

その時に僕は反射的に
「遊びに行くからガイドしてよ」
と言いました。
それから数ヶ月経って今年の三月に学校を卒業した後、
クリスマスはアメリカで家族と過ごすという予定が立ちました。

この機会を逃したらもう僕の人生で
ベリーズに行くことは絶対ないだろうなと思い、
アメリカに行く前に経由することにしました。
一週間ベリーズに滞在する予定です。

僕の同期生である鈴木くんは一つ年上で、
プラハの大学で美術を勉強した後、
文学に興味が湧いてきたそうです。
それで自分が過去に卒業した大学に
に「文芸科」が開設されたことを知り入学した。

僕は僕で当時全国の文学部を探していました。
今から四年前ですけど、
京都の造形大だけが「文学」ではなくて、
「文芸」という呼び名を使っていました。
研究よりも創作がしたかった僕に合ってると思って通うことにしました。

四年後、将来を見越すことのできる彼は美術の教員免許を取り、
将来をまったく考えていなかった僕は今ピザを焼いています。

とはいっても違いといったら、
鈴木くんのキャンバスは四角くて、
僕のは丸い、ということぐらいだと思う。

それに彼の仕事は
人の記憶に焼き付ける絵が売り物だし、
僕の場合は生地にチーズを焼き付けたものが売り物です。

うん、鈴木くんも僕も、
似たような道を歩んでますね。
ベリーズのWi-Fi環境はよく分からないですけど、
アップできるときはします。
よかったらまたベリーズ紀行読んでください。

2013年12月15日日曜日

銀杏ゴルゴンゾーラソースとニョッキ

カボチャのニョッキを無事に
前菜として送りだすことができました。

しかし成形時に、
水分の多いカボチャは水分を飛ばすことを
肝に銘じてたんですけど、
飛ばしたつもりがまだ水分が多くて成形が難しかった。
途中でニョッキを丸めて棄てたくなったけど、
ベタベタし過ぎて手から離れず、
闘っているうちに怒りの絶頂が通り過ぎたからよかったです。

味つけは塩とガーリックオイルにパセリで、
その上に刻んだチャイブを散らしたシンプルなものです。

試食で銀杏ゴルゴンゾーラソースを作りました。
銀杏がたくさんあったのですり鉢ですり潰して、
バターとゴルゴンゾーラを溶かして、
そこに銀杏ペーストを混ぜてニョッキとからめる。

濃厚です。
カビラ三兄弟並に濃いです。
見た目は控えめだけど食べると主張の強い銀杏のジョン。
派手にいつも前に出てくるゴルゴンゾーラのジェイ。
堅実に外さないコクの代名詞であるバターはケンジ。
(ケンジさんのことはぜんぜん知らないけど、
きっとビジネスマンの彼は三兄弟の中では堅実そう)

このニョッキをご希望の方はピッツェリアのほうに、
と言いたいところですけど、
今日が僕の今年最後の仕事日です。
季節のニョッキはまた年明けに食べに来てください。

2013年12月14日土曜日

スペイシーであること

「Spacey」という英単語がありますけど、
これは「ボーっとしている」という意味です。
オーシャン内で特にスペイシーなのは
スイーツ担当のりょうちゃんです。

今日はある飲食店の場所をりょうちゃんに説明しようとして、
ケンタッキーの交差点を左に曲がってと言うと、
「はい。洗濯機ぃーの交差点を左に……、
そこにコインランドリーがあるってこと?」
と言っていました。

自分の発音のおかしさにも気付かずに、
一人で話しを先に進めてしまうスペイシーっぷりを
今日も発揮していました。

2013年12月13日金曜日

二回目のカボチャのニョッキ

石窯で調理をするために、
こないだ「STAUB」というフランスの鍋を買いました。
それまでは無印で買ったホーロー鍋を使っていたんですけど、
高温になる石窯の中で使うと焦げ付きが大変でした。
ストウブは僕の買ったのは23800円で、
無印は2480円だったので、
十倍の効果を期待しています。

最近は毎朝火を焚く前の余熱で、
野菜をローストしています。
昨日はカボチャを半分に割って種だけ取ったら鍋に入れて、
窯に放り込んだらしばし待つ。

薪を割ったり準備をしながら三〇分もすると完全に火が通る。
スプーンで簡単にほじくり出せるようになっている。
実だけボウルに取り出す。
ニョッキを作ろうと思いまして。

オーシャンには畑で取れるカボチャが四種類も五種類もあって、
一般的なえびすカボチャと違って水分が多かったり少なかったり、
それぞれに特徴がある。
畑のカボチャでニョッキを作るのは二回目です。
前回はカボチャの水分量が多くて、
小麦粉を入れても入れても成形できる硬さにならず、
結局いびつな形のすいとんができました。

今回も実をすくってみると水分量の多いタイプのカボチャです。
同じ失敗をしないように、
あらかじめ僕の料理の先生にアドバイスをもらっておきました。

ボウルの実をマッシュして裏漉しした感じで水分が多いのが分かる。
そうしたら、それをまた鍋に移して火にかける(今度はガスコンロ)。
「水分が多ければ飛ばせ」
それがアドバイスです。

かき混ぜながらグツグツさせる。
この飛ばし加減がまだよく分からないけど五分ほど火にかけた。
それから小麦粉を入れてだまが残らないように混ぜて、
ラップにくるんで冷蔵庫に入れた。

小麦粉を使う料理はパンでもピザでも水で解いたら一日置いたほうが
水和によって小麦粉のうま味が出るので、
これはニョッキも同じようにして一晩寝かせる。

今日はたしてうまく作れるのか。
うまく作れれば前菜の一品になるし、
ならなければ、すいとんのまかないになります。

2013年12月12日木曜日

オーシャン収穫祭の餅つき

今週15日の日曜日は
「オーシャン収穫祭」が行われます。
新米で餅つきをして、
つき立ての餅を食べます。

砂糖醤油、
きな粉、
黒小豆、
ダイコンおろしは赤ダイコンと組み合わせて紅白に、
あとは納豆などなど、
楽しく美味しく食べれるお餅の友が並びます。

去年は餅切り機というものをスタッフが買ってきて使いました。
石臼でついた餅を丸ごと餅切り機に入れて、
ハンドルを回すと下からブニュッと丸いのが出てくる。
見た目がいいもんじゃないですけど、
風流よりも実用を取る人なら持っていてもいいのかもしれません。

餅つきをして、あの手についたカピカピの餅を取るのは大変です。
水で洗おうと思っても餅はますます硬くなって、
皮膚と餅が一体化してしまいます。
爪と皮膚の間にくい込んだらそれはもう取るのは諦めて、
家に持って帰るしかありません。

とにかくその餅切り機、
去年僕はその現代的な機械の導入に保守的な気持ちが働いて
いささか訝かしむ次第でございましたが、
餅が手から離れないのもイヤなので、
今年はぜひ誰かに使いこなしてもらいたいと思ってます。

僕はピザを焼いてますので、
お餅トッピングを希望する方は言ってください。
テリヤキピッツァを焼きます。

2013年12月11日水曜日

東京と海

「東京にいるとふわふわしてくる。
しばらく東京から離れて戻ったときにそう感じる」
と昨日、
東京生まれのお友達がピザを食べながら言ってました。

ずっと街にいる間はそんなふわつく感じも麻痺するけど、
郊外や地方に出るとそう感じるそうです。

「へえー、そうなんだ」とそのとき僕は何気なく聞いてたんですけど、
じゃ逆に、地方の、更に端っこの海っぺたにいる僕は、
たまに都会に行くとどう感じてるんだ?
ということを帰りの電車の中で考えはじめた。
僕の場合はたまに都会に行くと、
「自分も社会の一部だったんだ」という感覚になって、
むしろシャキッとする。

オーシャンで働いているとよくお客さんから
「海が目の前で、最高の場所で働けて羨ましい」
みたいなことを言われます。
そう言われるたびに僕は目の前の景色を見てなかったことに、
それどころか「人が少ないし淋しいところだなー」
と思ってたことに気付きます。
「毎日海を見てみてくださいよ、
最果ての島に置き去りにされた気分になってきますから」
と答えたことも何回かある。

友達には東京から離れることが必要で、
僕もたまに海から離れることが必要なんだな、
と思った一日でした。

東京ピッツエリア巡り

今日は日帰りで東京に行ってきました。
そして三件のお店を回って
ナポリピッツァを食べてきました。

南青山の[ナプレ]
中目黒の[ピッツェリア エ トラットリア ダ イーサ]
永福町の[マッシモッタヴィオ]

昼に二枚食べて、
夜に一枚ですけど、
これを書いている深夜いまだに胃がずっしりしてます。
ただ食事をしに行くだけじゃ
ただの食いしん坊みたいなので、
本屋にも行こうと思って代官山の[蔦屋書店]寄ってきました。
これはしばらく外に出れなくなります。

軽い気持ちで旅行に出かける内田百閒を真似て、
ふと思い立って東京に行って帰ってきた日でした。

2013年12月9日月曜日

ビューティフルゆずの香

「ビューティフルゆずの香」という
リキュールを飲みました。
宮本さんが大分県の中津江村に旅行で立ち寄って、
ジャケ買いしてきた一品です。

中津江村といったら、
サッカーファンには思い当たる人もいると思いますけど、
2002年のW杯のときに
カメルーンのキャンプ地になったところです。
宮本さんはつい数週間前に行ったところでしたけど、
いまだに街にカメルーン色が漂っていたそうです。

ともかく、
この「ビューティフルゆずの香」を
ジャケ買いした理由も頷けます。
ともかく、
謎が多い。

まず商品名が何なのかパッと見分からない。
左には「秘めたるロマン、甦る感動 黄金伝説」
と書いてある(↓)。


そして右側には「ビューティフルゆずの香」
と書いてある(↓)。


どっちも名前っぽいし、
かといってどっちかと断定できるほど名前っぽくもない。
どっちもキャッチフレーズに読める。

そしてもう一つの謎が、
この女の人は誰だ?ということです。
白い鉢巻きを巻いているけど、それは何?と、
僕は思わず宮本さんに聞いた。
宮本さんは「分からない」と言った。
「この街は鉱山で有名だから、女作業員かも」
鉢巻きは謎ですけど、
よく見ると美人顔です。

へー、と思いながら飲んでみると、
味は非常にライト。軽やかで、浅い感じが飲みやすい。
ジュースのようにぐびぐびいけてしまう。
度数は12度。
高いのか低いのかも微妙なところです。

微妙さと謎の多いリキュール、
「ビューティフルゆずの香」でした。

2013年12月8日日曜日

おれとリズム

近藤等則の『いのちは即興だ』という本に
こう書いてありました。

「それにジャズなんて音楽は、
本当にグルーヴといったりノリといったりするように、
ノリがいいかどうかが大事じゃないですか。
そうしたら、そういう人生もノリのある人生を送らなくて、
何か平たんな人生を送りながら
ラッパだけノリがあるのをふけるかといったら、
たぶん吹けないと僕は思うんですね」

「あの人ノリ悪いよね」と言ったりすることがあります。
僕はそう言われる方の部類の人間です。
ノリの悪さ以外にも、
よく人から「リズム感がないよね」と指摘されます。
なるほど、確かに会話にしても動きにしてもリズム感が無い。
あんまり言われるから
「おれとリズム」というテーマで考えに耽るときがある。

人生テーマはあったほうが、
毎日を面白楽しく過ごせると思うから意識します。

最近「今の関心事は体幹」だという人が二人いました。
共に女性です。
二人共「体幹を鍛えたい」ということを言ってました。
二人以上からあまり聞かない単語を聞くと
僕は流行っていると見なします。
「体幹」は今巷では流行ってるんだと思う。

トランぺッターである近藤等則という人は「ノリのある人生」を送り、
明るい前向きな彼女たちは「重心のブレない人生」を考えている。
そういうテーマを通ることで、
自己表現のようなことが花開いたり、
より解放感をもたらして気持ちの良さを感じたりしそうです。

「おれとリズム」はまだ解決していません。
毎日に「解決していないテーマ」があることも、
僕にとっては毎日を活性化させてくれるものの一つです。

「わざとリズムをずらす」
なんて高いレベルのものだったら楽しいんですけどね。

2013年12月7日土曜日

ピッツァ弁当

今日は幡豆の子供の国で運動会があって、
そこにピッツァ弁当を届けるために
夜も明けないうちから、
というか夜中から焼きはじめます。

休まないといけないところですけど、
また今日新しい本を読みはじめて
止まらなくなりました。
近藤等則というジャズトランぺッターですけど、
YouTubeでこの人の音楽を聴きながら本を読みました。

まず、他では聞けないのがエレクトロニックトランペットで、
掴んで離さない音を出す。
この本を読む前からタイトルに引かれました。
『いのちは即興だ』
ジャズ奏者らしいネーミングでもあります。

内容は、
また明日書くことにします。
今から石窯に火を入れて、
薪割りなどをします。
毎日の瞬間瞬間を即興で楽しみたいと思わされる
良い本です。

2013年12月6日金曜日

たっぷりみかんのスムージー

僕は毎朝「自分のことは忘れよう」と思って、
ブログを書きはじめる。
自分は透明だ、いない人と考えて書こう、と。
外を見つめろ、自分の周りで何が起きたんだ、
どんなことが感覚に触れたっけ、
と意識しながら書く。
それでも、すぐに自分はやってくる。
「オレの苦しみ」とか「オレの傷」とか、
オレアピールがはじまる。

書きはじめてしばらく経ってから気付き、
消して、
またやり直す。

僕はうつむいてキーボードを見たり、
何を書いたかディスプレイを見たりする。
そうしていると後ろから
何か迫ってくるものを感じる。

ほんとに後ろから何か迫ってくるわけじゃない。
そしたら怖い。僕の家は一人なので。
イメージでいえば、
後ろの正面だあれと振り返ったらそこには鬼がいる。

鬼を見つけたらこっちが勝ったようなものです。
今日でいうと、
僕の後ろの正面にいた鬼は、みかんでした。

僕の周りでは「みかん」という話題。
「みかん」という実物。
「何かスイーツをください」といえば「みかん」。
そういう感じでいつの間にか
僕の周りにはみかんがはびこっている。

オーシャンの季節のメニューにも登場しました。
「みかんスムージー」
幡豆の無農薬みかんをたんまり使った
フレッシュで甘くて濃厚なスムージー。
美味しいので、ぜひ試してみてください。

2013年12月5日木曜日

ガンジーの頑固さを見習う

『ガンジー自伝』を読みました。
解説を読んで知りましたけど、
アジアには自伝を書く歴史が無いそうです。
思えば僕が読んだことのある日本人の自伝だと、
福沢諭吉も勝海舟も高橋是清も
100から150年前です。

この自伝もそれと同時期です。
ガンジーはロンドンの大学に行って、
ヨーロッパの文化に触れていたこともあって、
人から勧められて自伝を書きはじめた。

ガンジーは有名ですけど、
僕は彼が何をやった人なのか知らなかったので、
それで読んでみようと思った。
分かったことはガンジーはとても頑固な人でした。

ガンジーは長い間南アフリカにいた。
当時そこは白人が偉ぶっていて人種差別がひどかった。
たとえば黒人がお金を持っていて電車で一等のキップを買っても、
席に座らせてもらえなかった。
車掌に「出てけ」と言われる。

だけどガンジーは頑固だから席を立たない。
そしてガンジーは非暴力を貫く人であったので、
抵抗もしない。
席もどかない。
何を言われても、じっと座っている。
そこで車掌はガンジーを席から引きずり出し、
荷物共々外にほかって、
電車は出発する。
外にほかられたガンジーは次の日の朝までベンチで座って待つ。

こういうエピソードが次々に出てきて、
読んでいてハラハラする。
白人にターバンを取れと言われて取らない。
医者に食べなければ死ぬから肉を食えと言われても食わない。
死んだほうがマシだと言う。

僕は昔チンピラの怖い先輩に
「そのジャージいいな、ちょっと貸してくれ」
と言われて、
買ったばかりのジャージのセットアップを脱いで、
そして先輩の古い穴の開いたジャージと無理やり交換しました。
僕がガンジーだったら、
「いえ、お断りします」とか言えたんでしょうけど、
僕は僕でした。

2013年12月4日水曜日

クリスマスリースのワークショップ

昨日はお花屋さんの[葉楽]をやっているあやちゃんが
オーシャンに来てくれてプチワークショップを開いてくれました。
プチといっても半日がかりなので、
フルワークショップでしたけど、
急遽決まったことで参加できる人だけ参加という、
気軽な意味でプチです。
(僕はピザを焼いていた)

「リースを作る」というワークショップですけど、
半日もかかるのは材料集めからはじめたからでした。
みんなはまず三ケ根山にハイキングに行って、
茂みをかき分けて蔦を引っこ抜き、
枝を切ったり花を手折ったりしてきたそうです。
(僕はお店番をしていた)

集まった材料は、
フユイチゴ、黄楊、紫式部、秋色アジサイなどなど。
僕にはどれもはじめて聞く名前です。
そうして収穫物をカフェにもって帰ってくると、
テーブルに植物を広げて製作に取りかかりました。
(僕は皿を洗っていた)

そうして作りはじめて一時間ほどで完成!
それぞれの個性が出て、
みんな違うリースができました。
みんな「キャー!かわいすぎるー!」と叫んでいました。
(僕はフユイチゴを食べていた。もぐもぐ。甘酸っぱい)

最後に記念撮影。
スタッフで参加したヨシエに「リースの意味は?」と聞くと、
「え?個人リースとか言ったりするよね」と言ってました。
お花のリースは車ではありません。
お花はwreath、車はleaseです。

[葉楽]のクリスマスリース・ワークショップは、
12月21日にオーシャンで開催されます。
玄関に飾ったりすると、
かわいい感じになりそうですよ!





2013年12月3日火曜日

きくや飯店の安定感

蒲郡の[きくや飯店]はすごいお店です。
ここの支那そばのスープは真っ黒なんですけど、
一口一口の味は軽くて、だけど懐も深い。
ボクサーでいうとノニート・ドネアです。
ズルズルッっとすすると、
麺と汁のワンツーパンチが口の中でしなる。
打撃を放つととサッと目の前から消えるように、
喉ゴシをぱしぱし打っては消えてしまう。
このお店は昭和の初めから続くそうで、
さすがにコンビネーションに安定感を感じます。

でも僕がもっとすごいと思うのは、
土日祝日休みで、
11時から3時までという営業時間です。
トヨタ系の仕事をしている人は
有給を取るか辞表を出すかしないと行けません。

でもさらにもっとすごいと思うのが、
このお店の人員構成です。
おばさん五人とおじさん一人。
はじめて来たとき「店員多いな!」と思った。
しかし僕の考えは浅かった。
これは完璧な人員配置だった。

支那そばを作る店主。
餃子と焼売を焼くおばさん。
注文を聞いたりお盆を運ぶおばさん。
他におばさん、おばさん、おばさん、と三人いたが、
みんなテキパキ動いていて、
とにかくおばさんがたくさんいたという印象を残す。
それぞれ手ぬぐいを頭に巻いていて、
似たようなエプロンを揃えていて、
なんだかおばさんにカッコよさを感じてしまう。

客も客で、
「この店に10年通ってるよ、
20年通ってるよ」
というような年配客が占めている。
おばあちゃんが一人で来ていたり、
作業員のおっさんがいたり、
その中に僕のような新参者がたまにいたりする。

オーシャンが今後どういう店になるか、
僕自身は見当がつかないですけど、
こういう仕事をする[きくや飯店]を僕は尊敬します。
僕自身も「変わらない仕事」をしたい。

だけど「変わらない仕事」に行きつくにはきっと、
それなりに変わっていかないといけないなと思うから、
どこら辺まで変わって、
どこら辺で変わらなくなるのか、
それがまだよく分からないです。


2013年12月2日月曜日

ストーブにくしゃみをする

僕は部屋の暖房に石油ストーブを使ってるんですけど、
くしゃみが出そうになるとストーブの方を向きます。
へっくしと僕がいうと、
ストーブがジュッといいます。
「ただいま」というと、
「おかえり」という人がいてくれるように。
なーんて、
ただのきったねー話しなんですけど。

2013年12月1日日曜日

第二NAOKI

オーシャンスタッフのT郎はよく女の子から、
EXILEのNAOKIに似てますね!と言われている。
昨日もお客さんの若い女の子に言われて、
こんな会話をしてました。

女の子「お兄さんNAOKIに似てますね!」
T郎「たまに言われるんですよー」
女の子「もしかして目指してるんですか?」
T郎「何を、EXILEをですか?
いや特に目指してないですけど」
女の子「えー!じゃ偶然ってことなんですかー!?」
T郎「偶然ってことなんですかね……」

この〈目指す〉と〈偶然〉という対置が秀逸です。
T郎は好むと好まざるとにかかわらず
第二NAOKIになってしまうという上級レトリックです。

2013年11月30日土曜日

熱源を得たこと

今オーシャンの石窯の周りには色々物が置かれています。
アボカドの種。
パクチーの苗。
バジルの鉢。

アボカドの種はコップに水を入れて、
種のお尻の部分だけ浸して、
上半身はコップから出ている状態です。
つまりアボカドの半身浴です。

パクチーは冬になって色が茶色くなったり
紫になったりして弱ってきたかと思い、
室内に移しました。

バジルは20度以下になると発芽しないそうですけど、
石窯の周りは20度をキープしてるので、
もしかしたら発芽するかもしれないと思って、
試しているところです。

これから石窯の下にスプラウト棚を
設置しようという作戦もあります。
サラダにはもちろん、
焼きたてのピッツァにスプラウトを載せてもいいし、
小さいうちは鑑賞も楽しめます。
ピョコピョコと小さな芽がたくさん出ている光景には
生命力を直に感じます。

こんなふうに、
熱源を何か利用できないかと考えています。
寒い季節に常に熱源があることは、
それだけで何か有利な環境にいる気がします。
「これはアイデア次第でうまく使えるぞ」
という雰囲気をひしひしと感じます。

何か良い成果を上がるといいんですけど。
上がらなくてもお金かからないし。

2013年11月29日金曜日

フジコじゃなくフチコ

この人(↓)が誰だか分かりました。


僕はずっこの人(↑)を峰不二子だと思ってました。
でも不二子じゃありません。
この人はコップのフチ子というそうです。

僕はこれをもらったとき、
「フジコあげるよ〜!」と言われたと思ってました。
でもそうじゃなくて「フチコあげるよ〜!」と言われたんだと、
昨日スタッフに指摘されました。

これは『そして父になる』に通じるものがあります。
自分の子供だと思っていたのは
実は他人の子供だったときの衝撃と同じ衝撃だと僕は感じてます。
一ヶ月もこのフチコをフジコだと勘違いして、
たまに喋りかけたりしていたんですから。

この訳の分からない体勢もそれなら説明がつきます。
手を後ろで合わせているのは、
コップの縁に引っかかるようになっているためです。
何もルパン三世にあるような脱出劇を
くり広げていたわけではありません。

よくよく考えたら顔だって違いますし。
これからしばらく様子見の関係が続きそうです。

2013年11月28日木曜日

すり鉢ペスト②

前に書いた『すり鉢ペスト』を読んでくれた方から、
「結局バジルソースはどっちの作り方がよかったのか?」
というメールを頂きました。
フードプロセッサーなら30秒、
すり鉢なら30分かかります。
その苦労が結果に伴うのかどうか。

僕がブログで書くことはだいたい
「こういうことをしている」ということを書いて、
結局どうなのか、ということはあまり書きません。
意識して書かないというわけではなく、
書くことを忘れてしまいます。

こういうジョークがあります。
「アメリカ人は設定した目標に達することを重要にする。
日本人は設定した目標に達するプロセスを重要にする。
ロシア人は設定した目標に達するプロセスで酒を飲むことを
重要にする」

僕はこれでいうと日本人的で、プロセスを書いたら、
目標に達しようとも達せずともビールか何かを飲んで
(ウォッカはあまり飲まない)
もうそのテーマは終了してしまいます。

バジルソースを作るだけ作ったら、
もう後は満足してしまう。
満足してしまうと葛藤もなくなります。
葛藤がないと文章が書けません。

今日のブログは、読んでくれた方から
「それで結局どうなのか?」
という促しを受けて、
「結局」の部分を書かない自分に葛藤を見つけて
「書き出したプロセス」から書いてる次第です。
ややこしい段階を踏んで申し訳ありません。

それで結局どうなのか。
すり鉢で作ったペストのほうが香りが強いです。
フープロに香りがないわけではありません。
ただ比べた場合、ごりごり潰したほうが香りが出ます。

味的に特別な違いは出ませんけど、
すり鉢の場合バジルや松の実が
細かくなったり大きめのが残ったりします。
なので一口ごとに異なる食感、テクスチャーを楽しめる。
(その点フープロは均一に出来上がる)

すり鉢で30分かける価値があるかどうかですけど、
この二つのペストを僕はピザとパスタで試しました。
ピザにすり鉢ペストはもったいないです。
バジルは熱を加える分香りが飛んでしまうので、
二つの違いが分からなくなります。

それに比べてパスタは、
作り方にもよるんですけど、
茹で上がったパスタをフライパンでオイルや具材とからめて、
ペストを最後の最後、
火を止めるか弱火にするかしてあまり熱を加えずに作ると、
バジルの良い香りが残ります。
皿にもって最後にチーズを削りかけると立ち上る湯気から、
ニンニク、バジル、チーズが混ざりあってこれはもう美味しいです。
スペシャルなパスタになります。

価値ということについては、
この30分に経済的価値はあまりなさそうです。
「むむむ、このペストはすり鉢を使ったな」
と唸る人は世の中少なそうです。

それよりも、
僕はこの30分には精神的リラックス効果、
という点に価値を見出しています。
ゴリゴリ、ゴリゴリ、という一定の動きは精神統一します。

それともう一つは、
手持ち無沙汰の人に仕事を与えるという価値があります。
たとえば家でご飯のパーティーとかやったりします。
そういうとき、
ホスト側がゲスト全員をもてなすという集まりではなくて、
友達とかもみんなで料理をするとき、
「とりあえずお前はこれを擦っとけ」
とすり鉢を渡して、仕事を供給することができます。

とかく仕事がない国の民衆は暴動を起こしがちですから、
どんな仕事でも仕事を作るということに、
このすり鉢ペストは役に立つと思います。

ということで、
みなさんも一度機会があったら試してみてください。
ちなみにペストは冷たくなっても美味しいです。
ショートパスタを普通に作って冷蔵庫に入れといて、
サラダパスタにしてもいいです。
ワインと合います。

2013年11月27日水曜日

時間をかけることの効用

・『清洲会議』かどっちにしようかと迷って、
『そして父になる』を見てきました。
自分の子供と他人の子供が入れ替わっていたことが発覚した、
二家族の話しです。

僕には子供がいないですから想像しかできないですけど、
血を選ぶか、時間を選ぶか、
となったらどっちも大事な気がして悩んで困ります。

・長い時間一緒にいる人に対しては、
こないだブログでバジルペストを作ったことでも書きましたけど、
時間をかけると人・物にかぎらず思い入れが勝手に増します。
「愛そう、大事にしよう」なんて考えることもなく、勝手に。

だけど対象に時間をかけて大事になったものは、
自分がほんとうにこの人・物のことが好きなのかどうか
分からなくなりそうです。
我慢してやっていた仕事も時間をかけると、
我慢していたことを忘れたりしますから。

行きつけの近くのお好み焼き屋さんが日本一美味しいと思うのも、
最初は親に連れていってもらったとこから、
学校帰りに寄る店になって、
家族ができて近所という理由で通い続けていると、
いつからかこのお好み焼きが自分の味覚のベースになってしまいます。

そうなると、好き嫌いは大事なことなのかよく分からなくなります。
はじめは嫌いだと思っていた人と付き合ってるうちに、
パッと良い部分が見えると、
そのギャップが大きいほど相手に好感をもったりします。

よくよく考えると、
このブログも時間を無意味にかけてるから、
好き嫌い関係なく自分にとって大事な気がしてきます。

2013年11月25日月曜日

マックを探しに

僕の友達のYちゃんがマックのパソコンを見たいというので、
近くの電気屋のエイデンに行きました。
そこでパソコンコーナーにいた五〇代頃の
男性店員にこう声をかけました。

Yちゃん「すいません、マックを探してるんですけど」
男性店員「あ、いちばん近いマクドナルドは駐車場を出て……」

とこの方はパソコンエリア担当を通り越して
親切みに溢れた人でしので、
「いえ、アップル社の……」
とは言い出せませんでした。

2013年11月24日日曜日

ローストビーフとマヨネーズ

ローストビーフのサンドイッチを食べました。
冷たい薄く切ったローストビーフが僕は好きです。
まずブリーチーズを二つに割ったフランスパンに載せて、
ほんのり溶けるぐらいまでトーストします。
このまったり濃厚で厚みのあるチーズも僕の好きなものの一つです。

このトーストしたものにちぎったレタスと、
冷たいローストビーフをのせます。
僕の選択ミスはこの後です。
このローストビーフの上にマヨネーズをかけました。

ただ選択のミスといっても、
マヨネーズとサンドイッチなんて、
ストーブとやかんみたいにいつも一緒の存在として
考えてしまいます。

レタスや、トマト、ハムはマヨネーズで引き立てられます。
だけどローストビーフもブリーチーズも引き立てられるどころか、
その存在が消えて、
マヨネーズ一色になってしまいました。

マヨネーズとパンとレタスだけの、
端っこの部分はおいしい。調和がとれています。
しかしメインの真ん中のチーズとビーフのところは、
濃い、濃い、濃いで口の中が「味が濃い」としか分からなくなる。

サンドイッチは失敗の少ない食べ物のはずですけど、
個性の強いものを挟むときは、
マヨネーズには気をつけねばと思いました。

それではみなさん良い日曜を。

2013年11月23日土曜日

金縛りデビュー

昨日の夜と今朝、
普段ブログを書くのに当てている時間をすべて
オーシャンの新しいホームページに載せる文章を考えていたため、
時間と気力を使い果たしてしまいました。

だけど一つ何かを書くとすれば、
昨日はじめて金縛りにあいました。
金縛りを霊的なものだと考える人もいれば、
休憩の昼寝で毎回金縛りになる習慣の人もいます。

僕の金縛りは怖いものではなかったです。
深夜突然目が覚めて、
うつ伏せで寝ていたんですけど、
上からGがかかってビリビリ押さえつけられるような感覚でした。

「うぅぅぅ」と僕は呻いていましたけど、
ちょっとその強くビリビリくる感じが気持ちよくもありました。
それでまた気付かないうちに寝てしまいました。

これで僕もやっと金縛り経験者の会に入れて、
金縛りについて語ることができます。
知識と実体験、この二つが組み合わさって、
やっと自分の会話を自分で楽しめる気がします。

2013年11月22日金曜日

一日百回絞めなさい

僕の友達にMくんという人がいます。
地元では有名なことですけど、
Mくんは今もおねしょが絶えません。
彼は僕よりも一つ年上で、
結婚もして自分の居酒屋を構える立派な大人です。
だけど、もしかしたら今朝もおねしょをして、
嫁に怒られているかもしれません。

元来おねしょというものは
一定以上の年齢に達すると止まります。
ウィキペディアの「寝小便」を見るとこう書いてあります。

「乳幼児から小学生、中学生、高校生と成長するにつれ、
排尿器官の成長や抗利尿ホルモンの正常な分泌などにより
普通は寝小便は解消していく。
概ね6歳を過ぎても継続的に寝小便が認められる場合は夜尿症と呼ぶ」

恥ずかしながら僕の最後のおねしょは、
確か小学生の低学年だったと記憶しています。
とても恥ずかしかったことを憶えてます。
それでも継続的に続くことはなかった。

Mくんは三十路を過ぎても継続している。
ただし、Mくんもシラフであれば大人の節制を守っていられます。
しかし問題は彼は飲んでいないときがない。
これまでの人生で彼は酔っ払っていない時間よりも、
酔っ払っている時間のほうが長いと言われている。
生粋の“飲ん兵衛”です。
泥酔したまま寝床に入って、
そのまま垂れ流しだけど朝まで気付かない。
ウィキペディアの続きを読みます。

「この排尿のメカニズムをつかさどるのが外括約筋という
本人の意思で収縮できる筋肉である。
加齢により失禁するのも、この筋肉の衰えである」

このままいくとMくんは幼児と老人の間に
大人の時間を挟ないまま、
失禁人生を駆け抜けてしまいます。
彼もヤバいと思ったらしくつい最近病院に行きました。
そこで検査を受けた結果、
医者にこう言われたそうです。

「尿道が弱っているから、
肛門を一日百回絞めなさい」

ちゃんと筋トレが続くといいですけど。
経過を見守りたいと思います。

2013年11月21日木曜日

オワリゲータ

「えっとぉー、オワリゲータくださぁい」
今日は夢でお客さんにピッツァの注文をもらいました。
若い女の子のグループ。

オワリゲータって、
一体どういう思考経路を通ったら
マルゲリータがオワリゲータになってしまうのか。
それとも何か象徴的な意味があるのか?

僕はこのオワリゲータの注文をもらって、
近くにある「ピザ屋」に行きました。
日本の初期スタイルのアメリカンなピザ屋です。
そこで僕はピザ7枚を注文した。
(僕はピザの注文を横流ししていた!儲かるのか?)

ユングに言わせると夢に出てくる7という数字は、
ヨガのチャクラにもあるように精神的階層と関連している。
だとするとこの夢は、
僕の精神構造がピザに置き換えられていることを意味します。

ピッツァの注文を受けて、
僕はそれをピザ屋の頑固親父に注文する。
この親父はトッピングをオマケしてくれると言った。
(店主は角刈りの頑固そうな親父だった)

ピッツァは僕を通り抜けるとピザになる。
僕はここに自分の体に染み付いた文化を感じます。
僕はアメリカンなピザと共に成長してきた。
ピザは僕の中に根を張っている。
それが今ピッツァというものに僕は手を染めている。
これは体の中の文化的摩擦なのだろうか。

オワリゲータ。
それともこれは、
何かが終わりを告げたサインなのか?

2013年11月20日水曜日

峰不二子と共に

僕の職場に峰不二子が来ました。
これからは彼女の視線のもとで仕事をすることになりそうです。
でもオーシャンに現れた峰はセクシーというより謎です。
ポーズが何を意味しているのか分かりません。
一体どんな状況でこういう体勢になってしまったのか。

彼女は両手を後ろで合わせてます。
そして走っているのか、
膝蹴りをしているのか、
どこかに飛び降りている瞬間なのか、
それもよく分かりません。

僕の推理では、
後ろの手は縛られているんですけど、
このガチャガチャのフィギュアに、
手錠とか縄まで付ける予算が出なかった。
だから一応手だけは“縛られてる風”の体勢になっている。

縛られる状況は『ルパン三世』にはたくさんありますから
不思議な状況ではないです。
捕まった峰不二子は脱出をするために、
下着姿になって看守人に色仕掛けを企てた。
その作戦は見事成功して、
彼女はどこかに向かっているのです。

ちょっとここで推理は行き詰まってしまいますけど、
ふと気付くのは、
彼女の目線は真っ直ぐを向いていました。
であるなら膝蹴りではないでしょう。
膝蹴りなら目線はもうちょっと斜め下、
膝の先端に向かうはずです。

そしてどこか高い場所から飛び降りた瞬間でもない。
もしそうなら、目線は着地点のほうに向くはずなので、
目線は真下にあるはずです。

しかし峰の目線は真っ直ぐである。
一体彼女は何を見ているのだ……。
ハッ!分かった。
君は僕を見ていたのかい?
なんだー、あはは。そうならそうと早く言ってくれよ。
なんだか照れるなーうふふー。




2013年11月19日火曜日

生地練り休日

昨日はお店は休みでしたけど、
生地練りコーチングを受けていました。
今はまだ試作ですけど、
「自分の理想はどこにあるんだ?」という自問と、
「良い生地を作りたい」という願望の間にいます。

指南を頂いているのは本格南イタリア料理を出す
三河安城の[PIZZA PAZZA Italiana]の河合さんで、
今年ナポリで開催された
ピッツァヴィレッジで知り合ったのがきっかけです。

オーシャンは辺鄙な場所にありますから、
なかなか他人の仕事に接する機会はないです。
住みはじめてしばらく経つのにこないだ知りました。
名古屋発の西幡豆駅行きは九時半がラストだそうです。
飲みにも行けません。
だから僕は職場と家が近いせいもあって、
仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰ることがほとんどです。

ということで、誰かの仕事を眺めたり、
自分の仕事を客観的に見てもらうと、
洗面器に溜まった水が栓を抜いて
一気に抜け落ちるような気持ちよさがあります。

一人で気付かないうちに溜めこんでいた謎や、
自分が曖昧にしていたことの現状というヘドロを突かれるのは、
「あ、オレは満足していた」と滞っていた部分を知ることになって、
かなり恥ずかしくなります。

でも同時に、自分の周囲にある手つかずな領域の発見は、
恥ずかしさを上塗りする楽しさになってます。
神経が少し伸びた一日でした。

三国志の博愛主義

横山光輝のマンガ『三国志』を先週から読みはじめて、
やっともうすぐ読み終わります。
面白いんですけど、
みんなの顔が似過ぎていて、
誰が誰だか分からなくなります。

せめてドラゴンボールみたいに
髪型に派手な違いがあると分かりやすいんですけど。
『三国志』ってほとんど帽子(兜)を
被って“いない”人が出てこないんですよね。
被り物を取るときは病気で寝込んでいるときぐらいです。

登場人物は帽子か兜どっちかを被っている。
偉い人はみんな筒みたいな帽子で、
武将はみんな馬の尻尾みたいな毛の付いた兜。

マンガの後半になると関羽とか張飛など
主要な登場人物が入れ替わって、
その息子や後継者になってくるんですけど、
後半になってくると顔の個性はさらになくなって、
みんな目が大きめでキリリとした顔立ちの二枚目になります。

それと味方が二枚目、敵が悪人面ならまだ分かりやすいですけど、
横山光輝はたぶんガンジーのような博愛精神を持っている人です。
僕はそう睨んでる。
敵が同じような二枚目顔になってるのはそのせいだ。
もう誰が誰だか分からない。
会話の文脈か服の色で蜀・魏・呉を理解するしかない。
(蜀=白 魏=黒 呉=グレー)

勧善懲悪と博愛主義はどっちも正義を貫く精神です。
だけど思うにこの違いは、
悪いやつを懲らしめる話しにはジョークがあるんですけど、
悪いやつを平等に扱う話しにはジョークがありません。

だけど、こんなにジョークがなくても笑えるのは、
顔も一緒で、服も帽子も一緒って、
それ自体がもうジョークみたいなものだからですかね?

※ちゃんとストーリーが面白いです。

2013年11月18日月曜日

ナイス蚊っちで蠅退治

ハエ退治のために電気の“はたき”を買いました。
去年買ったのは[電撃ラケット]という名称でしけど、
(ばしばし壁に当てたりして一年もしないうちに壊れた)
今回のは[ナイス蚊っち]です。

僕が思うにこのナイス蚊っちは絶対に
語呂合わせのためだけに蚊が引っ張り出されたものだと思う。
なぜなら蚊を退治するグッズは、他にも盛り沢山ある。
それなのにハエ退治グッズは数少ないです。

ハエたたき。
電気はたき。
大掛かりな紫色のバチッという電気で倒す蛍光灯。
スパイラル状のネバネバテープ。

ホームセンターに行って買えるものはこれぐらいです。
それなのに、ただ語呂合わせがしたいために、
蚊にその希少な一席をゆずるとは。
このメーカーにはよっぽど現場を知らない人が揃っているのか。

もうちょっとハエに対する危機感があったほうがいいんじゃない蚊。
僕がこのメーカーの担当だったらこうする。

[蠅後を取れ]
あるいは[すいま蠅〜ん]。
どうですか。
ダメですか?もっとひどいですか。

日曜日の朝に書いていたけど、
寝ぼけていたせいで何も面白いことが思い浮かばず、
結局アップするのを忘れて夜中になってしまった記事です、今日は。


2013年11月16日土曜日

すり鉢ペスト

バジルペストを作りました。
外に植わってるバジルはもうトウが立っていけませんけど、
ハウスで育ってるのはまだ柔らかいです。

いつもはフードプロセッサーで作ってますが、
昨日はすり鉢を使いました。
葉っぱは250グラムぐらいで、
擦るだけで30分近くかかったと思います。
フードプロセッサーなら30秒です。

すり鉢でゴリゴリすっているときカウンターにはお客さんがいて、
この仕事にはそれに見合った価値があるかないかを聞かれ、
それは僕も自分でやっておきながら疑問に思ってたことでした。

たとえば3000円のステーキを食べるとき、
霜降り和牛で喜ぶ人と、
熟成された赤身を喜ぶ人がいます。
この価値観の対立は明確で、問題ないです。

グルメ人は霜降り和牛を批判して「そんな脂っこいものを」と言い、
でも一般的に肉はとろけて柔らかいのが美味しいと思う人が多いので、
3000円の使い道は幸福指数の大きいほうに使えばいいだけです。

だけどもしこの3000円の霜降り和牛が、
半額の1500円になって「同じ味」だったらどうするか?
半額になるにはそれなりの理由があるので、
肉であれば人工的にラードを注入すれば安い霜降りができる。
その「霜降り」と「霜降り風」が同じ味だったら?

人工ということが悪いのだったら、
本物の霜降りだって育てるのにコントロールしますから、
生前に人の手を加えることと、
解体後に手を加えることの間に、
どれだけ人工的レベルの違いがあるんだろう。

肉は極端なたとえですけど、
バジルペストも同じように、
すり鉢を使ったものとフードプロセッサーを使ったものに
大した違いがなかったら、
「うちのペストはすり鉢でやってるから香りがちがうよ」
なんて言うのは言葉の飾りだけになってないか?

中身にすごいちがいが生まれれば最高なんですけど。
それとも小さな差でも、
たくさんの人が共感する小さな差なら、
「やっぱりペストはすり鉢よね」ということになります。

今日はこのペストを味見してみます。
(昨日は腕が疲れて料理する気を失った)
へへへー楽しみだ。
自分は苦労した分、
中身に違いがあってもなくても関係ないんですよねー。
時間を注いだだけ勝手に愛情がこもっちゃいますから。


2013年11月15日金曜日

芋の粉っぽさとクリーミーさ

昨日は畑から安納芋が大収穫されてきました。
カボチャや冬瓜と同じように、
ちょっと熟れさす期間を設けると、
甘くなって美味しくなるそうです。

でもこういう大収穫があると、
その興奮を感じたまますぐに食べたいです。
何個か焼いて食べました。
石窯の入口付近に置いて焼きます。。

最初に焼けたのは細長いSサイズのもので二〇分ぐらいです。
竹串が通ったのでこれを真ん中でポキリと折ると、
湯気がぽっと上がりゴールデンな色で輝いています。
食べると「水分が多いかな」という、
ねっちょりというかぽってりという感じです。
「もっと粉っぽいほうがいいよね」
というのがみんなの評価でした。

次にもうちょっと大きいMサイズのを
竹串が通るようになってから一〇分ほど余分に焼く。
これも火は通っていているんですけど、
掘ってすぐのせいか甘味がまだ足りない気がする。

最後まで窯に入れていたLサイズのは
皮が黒くなるまで焼きました。
手に持てば潰せるぐらいの柔らかさです。
これを皿に乗せて真ん中にフォークを突き立てて割る。
簡単に割れる。

これはぼろぼろと実の塊がくっついたり離れたりして、
良い感じの「粉っぽさ」があります。
かと言って(一つまみ食べる)、はふはふ、
ねっふぉり感を失ってないでふ。

粉っぽさとクリーミーさを併せもつ存在、
それが芋にとって大事です。
そのためにはしっかり焼かないといけないようです。
芋は焼きが甘いと甘くなりません。

次は熟れたのを食べるのが楽しみです。

2013年11月14日木曜日

ローストエゾシカ

エゾシカの肉を食べました。
エゾとは蝦夷でアイヌのことで、
今は北海道のことです。

石窯の中でげんこつサイズの黒い塊が焼かれてるのを見て、
ぼくがそれは何ですかと聞くと、
「エゾシカだよ」と言われました。
普段シカなんて食べないのでエゾシカという単語を聞いたとき、
愛知にもエゾシカがいるのかと思ったら、
エゾシカはエゾと東北の一部にしかいないそうです。

愛知にいるシカはホンシュウジカと言い、
九州にいるシカはキュウシュウジカと言い、
対馬にいるシカはツシマジカと言うそうです。
さらに台湾にいるシカはタイワンジカと言う。

これほど呼名で困ることのない動物がいたんですね。
しかもウィキペディアによると、
そんな呼名で分類しつつも、
「一般に、日本では単にシカとも呼ぶ」と
シカに対するネーミングはけっこう淡白です。

でもシカと言ったら「エゾシカ」という名前を
一番聞くことが多い気がします。
何でだろうと思ってたら、
シカは北に行くほど体が大きくなるそうで、
つまりエゾシカはシカ界の中で最も大きい種類だそうです。

でもシカはヒグマのように強くて有名ではなく、
たぶん肉がたくさん取れるせいで有名なんでしょうね。
このエゾシカを石窯ローストしてくれたのは
三河安城の[PIZZA PAZZA Italiana]というお店で、
夜のコースのメインでした。

げんこつサイズの塊を切り分けると、
中はきれいな赤身です。
ローストディアです。
これをジャガイモをソースにしたものとマスタードで食べる。
赤身の肉、噛めば噛むほどおいしいです。

2013年11月13日水曜日

三分待て工法

僕はシリアルが好きで、
特に[フルーツループス]というカラフルでジャンキーな
ドーナッツ型のシリアルは、
アメリカに行くとだいたい何箱か買って家にストックしときます。

このジャンクフードは日本で買うと高いので、
わざわざ買いません。
日本ではいつもシリアルはグラノラが家にあります。
このグラノラにしてもフルーツループスにしても、
牛乳をかけてどれぐらい浸しとくかで美味しさが決まります。

僕のグラノラ率はカルビーが高いですけど、
これは牛乳をかけてすぐ食べると危険です。
グラノラの中には麦やナッツ、ドライフルーツが入ってますけど、
これらが切り立った岩石のように固まっていて、
お椀からすくうのもまるで土木工事のような気持ちになります。

シャベルカーで大きい岩石から順番に取り除いていくことになります。
ほんとは細かくバラバラの
掘りやすい土砂からすくっていきたいんですけど、
でも必ず岩石にぶつかるので、
まず大きな岩石を始末しないと安心して工事が進めません。

なぜなら僕はその岩石の扱いで何度も失敗したからです。
というのはこうです。
まずスプーンで土砂を選り分けて岩石をすくう。
(このとき腕の第一関節を固定して、
シャベルカーのようにしてすくうと
本格的な土木工事の気分が味わえる)

そして岩石を噛み砕く。
硬いです。
中から尖ったアーモンドやオートミールが口の中で
剣山のようになって口蓋や歯茎を刺します。
しかも抜こうと思っても、
ドライフルーツが上歯と下歯を接着剤のような働きで固めて、
口が一瞬開かなくなりグラノラの味どうのより恐怖を先に味わいます。

無理やりアゴの力で引き離しても、
ドライフルーツは上か下どっちかにくっついたままだし、
アーモンドやオートミールは依然凶器のままだし、
このとき口の中にあるのは奥歯でも前歯でも入れ歯でもありません。
修羅歯だけです。

僕が十数年も付き合っていた
この難工事が解決されたのは最近のことです。
それは別に新しい工法じゃありません。
例の「三分待て工法」です。
牛乳を浸して三分待つ。

この工法はグラノラ類全般に有効ですけど、
フルーツループに適用するとグダグダにへたって、
うまくもなんともなくなるので、
気を付けてください。

2013年11月12日火曜日

ダウンジャケットの補修

畑チームのイサムシくんの仕事場は畑だけあって、
小枝、イバラ、茂みなどをかき分けています。
その結果、自然界のナイフに切り裂かれて、
いつの間にか服に穴が開いていたりする。

だからといって物持ちのいい彼は
穴の開いた服をすぐに棄てたりはしません。
イサムシのジーンズにはそれがデザインされたものかのように
縫ったり、何色もパッチワークがされている。

ダウンジャケットの創意工夫に関しても一味ちがう。
イサムシのパタゴニアのダウンはパタゴニアの丈夫なもので、
生地を簡単に縫ったりはできない。
下手に穴を開けたりしたら、
ほころびから羽が飛んでいってしまう。

そこでイサムシがとった手段は、
穴の開いたところに透明なビニールテープを貼ることでした。
その修復された部分はパッと見分かりません。
しかしイサムシの上着の全体像を見渡すと、
一部ツヤツヤしている箇所を発見できます。
三センチ角ぐらいのツヤツヤが二箇所ある。

ダウンは半艶ですけど、
三センチ角の二箇所は全艶なので、
「艶ちがい」で補修箇所を発見できます。
ただ、そんな過酷な環境を毎日行き来していると、
部分補修では追っ付きません。

僕が「へー、ダウンってこんな補修ができるんだー」と、
ダウンを触らしてもらうと、
本来しっかり詰まっているはずの羽の感触が、無い。
あの、モフモフとしたあったかなダウンジャケットに、
ダウンが詰まっていません。

よく見ると小さな穴がところどころ開いている。
人差し指と親指で生地を挟んできゅっきゅとすると、
表の生地と、
裏の生地、二枚の生地の感触しかない。
イサムシはこう言いました。
「これはもうウィンドブレーカーみたいなものさ」

三年間の毎冬着て消費した羽の量は、
50%に達していると思われるので、
確かにもうダウンジャケットとは言えません。
ちょっと暖かいウィンドブレーカーです。

それにしても、いくら畑作業でもパタゴニアのダウンが
三年の寿命は早すぎます。
そこでイサムシは一つ教訓を得ました。
イサムシは言いました。
「服は着回そう」

イサムシは三年間、寒いときはかかさずそのダウンでした。
靴は履き回せば長持ちすると言うように、
服も着回したほうがよさそうです。

2013年11月11日月曜日

今日から三連休

オーシャンは今日から三連休になります。
夏に休みなしで営業していたので、
遅い夏休みです。
もう夏の記憶がだんだん薄れてきたんですけど、
休みを取ることは忘れてません。

僕はマンガの『三国志』を読みます。
あ、別に三連休と三国志をかけてるわけじゃありませんので。

2013年11月10日日曜日

インド人のカスタム

昨日はインド人のお客さんがピザを食べに来てくれて、
トッピングの注文がありました。
インド人は動物性のものに食べれるものと
食べれないものがある。

昨日はチーズは食べたくないということだったので、
チーズ無しだったんですけど、
メニューにあるマリナーラやシチリアーナといった
トマトソースのピザよりも、
新鮮な野菜を使って欲しいという希望でした。

「ガーリックはチョップドガーリック?」
と聞かれたので、
僕は「チョップでもいいし、
いつもはスライスドガーリック」と言いました。
「イイネ」と言うので、
僕は二かけ分ニンニクをスライスしました。
インド人の人は「もう一個いい?」と言ったので、
僕はもう一個スライスしました。

他にオレガノ、青唐辛子、二色のトマト、
ペストソース、それに塩を少し振って焼きました。
良い香りで彩りのあるシンプルなピザです。
これは今度自分もやってみようと思いました。

こんなふうに、
お客さんに初めての組み合わせを教わることがあります。
もし希望があればカスタムしますので言ってくださいね。

2013年11月9日土曜日

クラトコ出店

今日は常滑で『クラトコ』が開催されます。
クラトコってどういう意味なのかちゃんと知らないですけど、
クラフトがたくさん集まるトコロだと僕は認識しています。
(カズノコ、イクラ、タラコ、の親戚ではないと認識している)
陶芸家、彫刻家、細工師など色んな作家の方が出品するそうです。

オーシャンはそこでお総菜弁当を出します。
良い天気の買い物日和になりそうです。
僕のほうは今日もピザコロを用意してお留守番しています。
(ピザを焼いてライスコロッケを揚げている)

これから冬野菜に供えて、
宮本さんはヌカドコを新しく仕込むと言っていたので、
またぬか漬けもランチに出てくると思います。

みなさんネンゴロな相手がいる人も、
ネコとゴロゴロしてる人も、
楽しい週末を。

2013年11月8日金曜日

現代版パワースポット

空港は何も飛び立つ人だけのためのもではない。
大切な人、
愛する人、
かけがえのない人を見送るための場所でもあります。

そんな空港は再開と別れの舞台で、
たくさんの人の気持ちが渦巻いています。
普段は素っ気なくしていた人がいざ飛び立つとき、
突然、その相手のことが自分にとって大事な人であると気付く。

そういう気持ちにさせる空港は
現代版パワースポットです。
もっと大事な人と時間を共にすればよかった、
もっと優しく接すればよかった、
と、自分を省みてメンタル的な脱皮をする場所です。

昨日はアメリカから来ていた母と義父が帰るのに、
オーシャンのオーナーである小夜子さんと共に空港に送った。
空港で僕らは最後の晩ご飯に寿司を食べて、
「アメリカのあそこの寿司屋は美味しくて、
ハワイのあそこの回転寿司は美味しくなかった」
とかそんなどうでもいい話しをしてるうちに、
別れの時間はすぐにきました。

出国ゲートの前にきて、僕らはハグをする。
何か伝えきれてないものがある、と感じる。
だけどそれをうまく伝えられないから、
涙ぐんだり淋しさを感じたりする。

荷物検査の列に並んでいる二人に向かって手を振る。
彼らは何度も振り返る。
僕らは手を振る。
母たちの番がきてリュックを検査員に渡そうとする。
そのとき小夜子さんがハッとして言いました。

「あ、レシートちょうだい!」
寿司屋のレシートで駐車券がタダになるのです。
彼らはバッグの中のレシートを探る。
検査員たちは次の人どうぞと業務を遂行する。

僕はポケットに入れている手帳にメモをする。
「感動的な別れの次の瞬間、
小夜子レシートちょうだいと言う」

2013年11月7日木曜日

スプレーホイップ

最近毎日スプレーホイップを使ってます。
昨日はパンケーキに、
今日はウィンナーコーヒーにしました。

『ソプラノズ』というマフィア系の米ドラマで、
この親分のトニーがスプレーホイップをそのまま
缶を口に入れてスプレーして食べていましたけど、
そこまで入れこまないようには気を付けます。

次はデザートピザにホイップクリームをかけたいです。
焼きりんごとバニラジェラートにホイップ、
これはもう絶対です、味もカロリーも絶対です。

お昼で雨があがりそうですけどどうなんだ。
今日も火をモクモク燃やしてお持ちしております。

2013年11月6日水曜日

電話を借りる難しさ

僕の義父は四一歳で彼のことはみんなタカと呼ぶ。
タカは元々、地元岡崎の建設会社で現場監督をやっていた。
僕の弟がアメリカの学校に行くことになったのがきっかけで、
六年前に母とアメリカに移った。

僕はもう慣れているけど、
知らない人からしたらぱっと見、
怪しく見えるかもしれない。
蝶野みたいな髭があるし、
体格も大きい。
熊の絵のパーカーも着てるし、
ベースボールキャップも後ろ向きに被ってる。
そんな日本人離れしたアメリカンな雰囲気もあるけど、
会話をすればすぐに日本人だと分かる。

でもそれだけでは足りなかった。
日本では「日本人だと分かる」だけでは足りなかったのです。
蝶野みたいな髭が理由なのか?
日本人離れした雰囲気が理由なのか?
それはよく分かりません。

タカが実家のある岡崎から僕の住んでいる西幡豆町の家まで
名鉄電車で来たのは昨日のことでした。
短期間の日本滞在なので携帯電話を持っておらず、
西幡豆駅に着くまで公衆電話で僕なり母に電話をして、
迎えを頼もうと思っていたそうです。

しかし東岡崎でも新安城でも公衆電話は見つからず、
とうとう西幡豆駅に着いてしまった。
そこにも公衆電話は無かったので、
タカは駅で一緒に降りた人の誰かに携帯を貸してもらおうと考えた。

一人目は男子高校生だった。
彼はiPodで音楽を聞いていたようで、
自転車置き場の自転車にまたがったところだった。
タカが「ちょっとすいません」と近付くと、
その男の子は驚いた感じで、急いで自転車を漕いで行ってしまった。

次は二人組の大学生っぽい女の子だった。
彼女達は楽しくキャッキャお喋りしていたそうです。
タカが彼女達に「すいません、電話を借してもらえませんか?」
と声をかけると、
彼女達は一瞬沈黙して「キャハハ、キャハハハ」と笑いながら、
そのまま去ってしまったそうです。

もしこれが僕ならこの時点で、
けっこうへこんでトボトボ歩いて帰る段階ですけど、
タカはその辺り強心臓の持ち主です。
歩くのもあまり好きではありません。

三人目のスーツの会社員は最後に出てきました。
三〇代の営業マンといった感じです。
「すいません、電話を借してもらえませんか?」とタカは言った。
一瞬営業マンは固まって、
「いや、ちょっと、会社の電話だもんですから、えー」
としどろもどろして去っていったそうです。

結局タカは歩いて帰ってきました。
タカは優しいし、穏やかな人なんです。
ただ知らない人からしたらちょっと怪しかったかもしれません。

2013年11月5日火曜日

居酒屋じゃない

昨日は東岡崎にある[Izakaya Ja Nai!]に行ってきました。
居酒屋じゃなくて、バーっぽい感じですけど、
明るい雰囲気のアメリカンフードが揃った飲み屋ということで、
お客さんもやっぱりアメリカ人が多いです。

ここのオーナーはシカゴ出身のクレッグという人で、
お店は16年目ということで、堅実な商売をしてるのが、
日本語達者・知識豊富・好奇心旺盛な人物像から分かります。
このクレッグが最近、
酒類製造免許を取ってこれから地ビールを作るというので、
話しを聞かせてもらおうと思って行ってきたのです。

とりあえず僕はノンアルコールビールと(Nomiya Nanoni!)、
フィラデルフィアチーズステーキサンドと、
メキシカンナチョス・グランデサイズと、
ハラペーニョとペパロニのピザ・Lサイズを頼みました。
Boku Hitori Jyanai! 同伴者がいたので。

このお店のピザの特徴は「シカゴ・カット」にあります。
すなわちシカゴカットとは、
丸いピザを縦方向と横方向におよそ5センチ幅でカットする、
パーティースタイルの一口サイズの切り方です。
この四角くカットされたピザを見て、
たまに日本人のお客さんが
「えー!?ピザなのに四角くカットするのー!?」と言うみたいで、
「うちはシカゴのピザしかやってねーよ」と
寿司職人風にビシッと言うそうです。

そしてこのお店でピザを食べるときに楽しいイベントは、
世界各国のホットソースが何十種類も棚に並んでいて、
好きなソースを選べることです。
僕はソンブレロを被ったメキシコ人の絵の黒いソースを使いました。
恐ろしく辛いのかと思ったらBBQ系の甘辛口でうまかったです。

話しは音楽の話しがほとんどで、
プリンスが23種類の楽器を自由自在に使いこなせるという話しや、
プリンスの曲はセックスについてばっかりだという話しや、
クレッグが8歳のとき好きだったエルヴィス・プレスリーが死んで
泣いたことなどを語りました。

彼は、もし今何にでもなれるならミュージシャンになりたいと
言っていました。
それが彼の得意な質問です。
「もし今何にでもなれるなら、何になりたい?」
日本人にこの質問をすると戸惑う人が多いそうです。

そしてビール作りの話しになると、
免許を取るのは気が遠くなるような道のりだったと言ってました。
つい先週ライセンスを受け取ったばかりで、
これから保健所の工場の検査が終わったら作りはじめるそうです。
どんなビールができるのか楽しみです。

もし今何にでもなれるなら、何になりたいですか?
僕はプリンスになってみたいと思いましたけど、
自分が何になりたいのか、
現実的な範囲で考えることって普段あんまりないですね。

2013年11月4日月曜日

ホイップクリームとの相性

今日の朝食は、
バナナケーキ一切れとホイップクリーム、
パンプキンパイ一切れとホイップクリーム、
饅頭一個とホイップクリーム、
ブラックコーヒーでした。

そしてこの中で一番ホイップクリームとの組み合わせがいいのは、
……饅頭でした!
やっぱりあんことホイップクリームは合います。

まずアメリカ人が作ったバナナケーキ。
これはアメリカ人が作るケーキだけあって、
砂糖やチョコが多くてかなり甘いです。
その上に生クリームをかけると、
甘さの上に甘さが加わってケーキの味が分からなくなります。

次にケーキ屋で買ったパンプキンパイ。
薄い生地の上にムース状のパンプキンクリームが乗っているもの。
これに生クリームをかけると、
クリームの上にクリームがかかるということになり、
一口で二倍のクリームが口に入ることになる。
そうするとどうなるかというと、
口の中の上下左右全方向にクリームが行き渡って、
噛んでも噛んでも手応えがなくて飲み込むのに困る。

最後に、法事の引き出物のシンプルな饅頭。
白い薄皮にあんこが詰まった普通の饅頭。
まず白い小ぶりな饅頭の上にホイップをかける。
シューという音ともにクリームがモコモコ出てくる。
白い丸に白い丸が乗って、
顔の大きい雪だるま式になる。
それを、半口食べる。
(ここで鼻にクリームがつく)
あんこの重さとホイップの軽さが良い。
コク、まろやかさが、共に高まる気がする。

だけど、ハッと気付いたときはもう遅いです。
この時点でコップの中のコーヒーは底をついています。
バナナケーキとパンプキンパイの甘さの調和を図るために、
コーヒーを必要以上に飲んでしまっていたのです。
もうこうなったらあんことホイップが合おうが合おまいが、
ただ甘いだけになってしまう。

そもそも今日こんな朝食になってしまったのは、
スプレーホイップを買ったからです。
スジャータの缶入りホイップクリーム(399円)です。
色々試してみたいからといって、
一気に色々試すのは体によくありません。

2013年11月3日日曜日

牛と忍者の壁

米原万里という人の『言葉を育てる』という本を読んでます。
その中の糸井重里との対談の中で、
どんな牛のミルクが美味しいかという話しがありました。

「急斜面で牛を飼うという牧場があるんです。
一番ひどいところだと、四五度の傾斜のところに牛がいるんです。
これはねえ、牛、実はご機嫌なんです。
自分の生きる力が呼びさまされるんです。
牛って暇ですから、
別にどこかに行くのに時間かかってもいいですし」

それは忙しい牛に失礼な話しなんじゃないかと思うんですけど、
負荷がかかると生きる力が呼び覚まさされるというのは、
つい楽を選びがちな僕はよく忘れる話しです。
昔僕は公園のアスレチックで遊ぶのが好きでした。

西尾の八ツ面山にあるアスレチックパークには
[忍者の壁]という凹凸がついてロッククライミングみたいに
登れるようになっている壁があるんですけど、
特に好きなのがそれでした。

他にも棒にぶら下がって空中をクリフハンガーみたいに
滑っていくようなものとか、
細い紐をバランスを取りながら歩いて行くようなものとか、
派手なものもけっこうありましたけど、
僕は凹凸がついた壁を登るときが一番ご機嫌でした。

小学生の頃この忍者の壁の裏で首を吊った人がいると聞いて、
僕は忍者の壁に登れなくなりました。
それからしばらく経って高校ぐらいの年代だったと思いますけど、
夜中に懐中電灯を持って、
この忍者の壁の裏側をのぞきに行きました。

光を向けると、
壁の裏には奥に続く林があって、
のっぺりした壁があるだけでした。

僕はさらにこの林の奥に入っていきました。
昼間に見ると木は少ないんですけど、
夜になると森に入ったような感覚になります。
途端に僕は怖くなって走って戻りました。

忍者の壁の後ろには死。
牛は傾斜でウシッシ。

2013年11月2日土曜日

新メニューのライスコロッケ

今週からピッツェリアのほうのメニューに
ライスコロッケが加わります。
リゾットにモッツァレラを包んで、
カリカリに揚げた丸いコロッケです。
中からミルキーなチーズがとろけ出てくるのが美味しいです。
ピッツァのお供に、
ワインのツマミに試してみてください。
〈めずらかオーシャン・ニュースより〉

2013年11月1日金曜日

くるみ割り人形と少女

しまった!
完全にハロウィンのことを忘れてました。
僕はハロウィン当日には
吸血鬼の入歯をつけてピザを焼こうと思ってたのに。
それでお客さんで来た子供を「血ぃ吸ぅたろかー」
と言って驚かせて泣かそうと思ってたのに。

むしろ昨日は、
小学生ぐらいのかわいい女の子が石窯を見に来たとき、
「バイバーイ」と言ってはにかんで微笑み合うという、
すごくほんわかした状況になってしまった。
それでハロウィンとはまったく関係なく、
殻付きのくるみをあげた。

このくるみはどうやって食べるか分かる?と聞くと、
彼女は「分からない」と言った。
僕は「くるみ割り人形を使うんだよ」と言うと、
彼女はきらきらした目で僕を見て走って行った。

その昼に僕は石でくるみを叩き割って、
中身の実も一緒に潰したばっかりで、
お客さんに「くるみ割り人形を使ったら」と言われた。
なんでくるみにだけそんなかわいいアイテムがあるんですかね?
ニンニク潰しマネキンとか、
銀杏割り日本人形とかはないのに。

くるみ割り人形のせいで、
くるみには夢がある。
人間に牙が生えるせいで
吸血鬼には悪夢がある。



……シャーーーー!!(吸血鬼)

2013年10月31日木曜日

セローの旅行記

ポール・セローの『ゴースト・トレインは東の星へ』
をたまに読んで、たまに放っておいて、
ちょっとずつ読んで結局読み終わるのに半年かかりました。
この分厚い旅行記はロンドンから出発して、
中東とアジアを通り抜けて東京を折り返し点に、
シベリア鉄道で帰る長い旅の本です。

セローという人は三〇年前にも同じ道筋で旅をした旅行記の
『鉄道大バザール』という本がありますけど、
そっちの最初の方は読んでないです。

30年経って同じ道を辿ったら自分はどんな視点を持つのか。
そんな興味をセローは抱いて旅に出る。
前回の旅と同じものを見るのか、別のものを発見するのか。

合わせて読んだらもっと楽しみがあったんでしょうけど、
この一冊だけでも六ヶ月間ペラペラ読みを続けさせる魅力がある。
たぶんそれは誰にでも、
時間が経ってから同じ場所に行くという経験が
人にとって貴重な出来事になっているからだと、
この本を読んでいて思えました。

行ったことのない場所に行くことはもちろん新鮮で、
旅行に行くとなったらやっぱり行ったことのない場所を選びます。
でも、たまに同じ場所に行くことがある。
(人に無理やり連れて行かれたり、自分から進んで行ったり)

そういうときに自分が
「ああ、また同じ場所に来ちゃったな」
と目新しさを感じなかったら面白みも何もないです。
でも同じ場所に行って新鮮なことを感じれたら、
(場所が変わったということもあるかもしれませんけど)
それは自分が変化したり成長したりというふうに考えれる。

「自分の何が変わってこういうふうに思えるんだろう?」
というきっかけを旅が与えてくれる。
セローはそういう視点の変化に喜びを持って旅をしていたと思う。
こういう文章を読むとそう思える。

“はるばる旅をしてきて現代都市に辿り着くのが非現実的な体験なら、
その街がほとんど変わってないのを目にするのは、
それよりはるかに非現実的だ”

セローの文章の面白さは、
「この文章は本音だ」と思えるところにあります。
ウソも飾りも方便も無くて、
正直な気持ちが伝わってくるところが良い。

“最高の旅とは単なる列車の旅ではなく、
いくつもの列車の旅の集積ですらない。
もっと長くて、もっと複雑な何かである。
四次元の体験、止まったり動き出したり、長々と退屈な部分があったり、
病気になったり回復したり、だらだら急いだり待たされたりして、
たまにご褒美として突然幸福が訪れる——そういうものなのだ”

2013年10月30日水曜日

大会に出場するということ

日本ピッツァ世界選手権は
[サルヴァトーレ・クオモ永田町]で行われました。
政治の中枢である永田町で開催された意図は、
政治的な力が働いていたわけではなく、
台風による影響で汐留会場からこちらに移動になったためです。

このお店の特徴は、なんといっても窯です。
床から天井までの高さに銅板を張り巡らした窯が
店内にピカピカ反射光を放っている。

ピカピカ系に飽きたら鎌倉の大仏や自由の女神みたいに、
緑青色にしても威厳が加わって良さそうですし、
もし万が一経営難に苦しむようなことがあったら
一枚一枚剥がして売ってしのげばいいです。
(神社の屋根の銅板寄付は一口3000円ぐらいだから、
このお店の大きい銅板は、ふむふむ。四口分ぐらいありそうだ)
何かと便利ですね、銅板は。

とにかく、こんな周りの景色を映す鏡のような窯の前が
職人達の表現の場となります。
半円の窯の前には半円になって審査員や観客が囲む。
相当な緊張感を味わうだろうと想像できます。

あっちを向いてもこっちを向いても敵ばっかりです。
「四面楚歌だ!」
人前に立つのが苦手な僕が出場者ならそう叫ぶかもしれません。
しかし、職人たちは進んでその戦場の地に立ちます。
彼らは何を求めるのか。金、権威、名声?
表現の喜び、アドレナリンの分泌、達成感?

そこで僕はナポリでもお合いしたWさんに伺ってみました。
僕「前回のナポリの大会に出場し、そして今回は日本大会に出場した。
ズバリそこから得られたものって何なのでしょう?」
W「うーん、得たものかー。……特にないかなー」

自分の番も終わってWさんは完全に脱力していました。
いや、そもそもWさんは会場入りのときに挨拶したときも、
力が抜けていて気軽に周りの人とも話していました。
僕はもう一つ質問してみました。

僕「また来年も大会に出場しますか?」
W「もう今年で最後かな」
Wさんは三十中盤の方で、とても柔和な印象を抱く。
むしろ自分のことよりも僕に関心を持つ。
W「君もピッツァを焼いているの?」
僕「はい、まだ駆け出しですけど」

ピッツァとは直接関係のない筑紫哲也ですけど、
アナウンサー業に関してこう言っていたのを思い出した。
「僕は人前で喋ることは苦手だけど、
場数をふんだだけだよ」

僕は一日の大会見学を通して、
「大会に出場することは何かを得ることではなく、
場数という足跡を残すことなのだ」
という教えを授かりました。