人に追い込まれるのはとても嫌なことです。
それが自分にとっての仕事や課題ならともかく、
やりたくもないことをやらされるのは尚更嫌なことです。
今度はSが逃げて、僕とNに彼を誘き出す指令が立てられた。
僕らはそんなことぜんぜんしたくない。
Sにはそのまま逃げ切ってもらいたいと思ってるし、
むしろ僕とNも逃げたい。
しかし誰か一人でもマサルの前から逃げ出す者がいれば、
彼の監視体制は強化されて、近くにいる僕らにも目を光らせる。
夜中になって家に帰ろうと思っても帰れないのだ。
「今日は帰らないといけないんですけど・・」
「お前ツレを見捨てる気か?
お前が諦めたらあいつ(Sのこと)悲しむだろうな」
マサルの論理はかなりおかしかった。
自分が加害者だとは微塵とも思ってないのだ。
「Sをもう見逃してください!」
しかしこんな心の叫びを上げようものならビンタをくらうので
黙ってマサルボンバーに従うしかありません。
そうです、彼のあだ名はマサルボンバーでした。
ビンタがボンバーのような破壊力を持っていたからです。
まず僕がSの家を訪ねる。当然居留守を使われる。
そこで、Sの親に手紙を渡すのです。手紙にはこう書いてある。
「二回ワン切りしたらマサルはいないってことだから、
電話出ても大丈夫だでね!」
マサルの言葉通り僕が書いた手紙です。
中学を出たばかりの疑うことを知らない僕らは、
こんなマサルの嘘くさいテクニックにいとも簡単に引っかかりました。
案の定、Sは何も気付かずに電話に出ます。
電話で僕が一人なのを信じるSは、
すんなりと家の外にいる僕のところに出てきました。
そして家の外に出てきたSは僕と笑顔の再会をした後、
口数も少なく気まずい僕の雰囲気を察して、
やっと路地の裏に隠れているマサルを見つけるのです。
そのときの、Sの絶望した顔。
持っていた携帯も手からすべり落ちてフリーズ。
誘き出した僕の気まずい顔。
そしてマサルの顎をたぷつかせて、ニヤニヤ笑う顔。
何て悪いやつだマサル!
僕らがマサルの魔の手から解放されたのは、
マサルが別の更に年下の後輩を引き連れるようになったからです。
「かわいそうだけど、ありがとう!」
マサルはある一定以上の年齢になる人間はコントロールできないので、
いつも若い後輩を引き連れているのです。
今も西尾市のどこかでは、
巨体をたぷつかせたマサルがのし歩いているかもしれません。
(おわり)
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