2012年4月10日火曜日

ヘビ屋(下の中盤)

誰もいない店内に立ってぼくが呼びかけると、
奥の暖簾をくぐって中年の男の人が出てきました。
それが店主です。

会話をしたことはありませんけど、
実家の前を店主が通るのを何度もみかけたことがあります。
店主は決まって片手にコーラを持っていました。
うちの隣に自販機があってそこに買いに行くために通っていたのです。
ファンタでもスプライトでもない、
絶対的に100%赤い缶のコカ・コーラでした。

店主が出てくるとぼくはあいさつをしてから言いました。
「実は昔からずっと気になっていて・・・・」
自分のことを名乗りましたけど、
うちの実家のことは知っていても、
ぼくのことは覚えていないようでした。

店主とは目もあったことがなかったので当然でしょう。
でもぼくはこそこそ隠れて、
不思議な店から出てきた人を興味心から見てしまうのでした。
物静かそうで、
視線はまっすぐやや下目から逸らしません。

たとえ通りがかりの女子高生のスカートをいたずらな風が煽ろうとも、
たとえ暴走族が横をローリングしていようとも、
店主は一切気をとられない人だと思います。
だいたいにおいてぼくはそういう状況になると、
ついそっちに気をとられて、
本来の「観察をする」という目的を忘れてしまい、
店主を見失うことになるのでした。

だから、店主からしたらぼくは、
「どこの馬の骨か」というほどではないにしても、
初対面みたいなものです。
ぼくは早速言いました。
「インタビューをさせてください」

店主は軽く言いました。
「お宅の家は喫茶店でしょう。
それと何にも変わらないですよ。
お宅の家はコーヒーやアイスクリームを売る、
うちはこういうものを売る、
同じ商売ですよ」

「いや、ぜんぜんちがう!!」
店主が周りのヘビ漬けやスッポンの燻製を見ながら言うので、
ぼくは思わず心の中で叫んだんですけど、
「ははあ、なるほど。そうなんですね」とうなずいた。

「だからね、ぼくが言うことをレポートにするにしても、
たぶんお宅の親ごさんが仕事のことを君に教えてきたこととね、
そんなちがいはないと思うな。
もしこれが珍しいことだと思えるなら、
ぼくの話しよりも、
客観的に見たままをレポートにすればいいじゃない。
とりあえず、お店の中を見る?
見たかったんでしょ?」

そうです、たまらなく見たかったので、
ぼくはそのお言葉に甘えることにしました。
もう一つ、ちょっと落ち着いて(ヘビに囲まれて落ち着ける訳もないですけど)
どんな質問をするか考える時間にしようと思いました。
これではレポートをとる間もなく訪問が終わってしまうので。