・ぼくがヘビ屋さんのドアを開いたのは、
去年の夏まっ盛りのころでした。
レポートを取るということが目的ですから、
短パンに半そでの家着じゃまずいと思いまして、
シャツにチノパンというそれなりの格好をしていきました。
どんな事態に遭遇するか分かりませんでしたし、
なにより脛をヘビに咬まれたくはありません。
小学生のころから引きつけられていた場所です
こんなに実家から近い距離なのに、
この一角だけは遠い世界の出来事のように見ていました。
待望の気持ちでガラス戸を開くと、
むわっとした熱気が顔を触る。
でもぼくを異次元に引っ張り込んだのはその熱気ではなく、
「臭い」でした。
特殊な臭いです。
焦げ臭いわけではない、
肉を焼いた臭いともちがう、
化学薬品のような刺激はない。
小学生のころヘビ屋の前を通るとき、
それを「奇妙な臭いだ」と思っていました。
その臭いはマムシの黒焼きをするときに出る臭いで、
それが店内中にしっかりこびりついています。
これまでぼくはその臭いのことを長い間忘れていました。
店内のその臭いが、
昔のときめきと不安の世界へぼくを誘います。
誰もいない店の真ん中までぼくは進む。
でも気配がある。
ずらっと並んだアルコール漬けのヘビの瓶がぼくを囲んでいます。
口を開けた猿の頭がずらっとぼくを囲んでいます。
それらが生の残り香をムワームワーと放っている。
「こんにちはー。
すいませーん」
ぼくは呼びました。